「いいね」の精度

 「いいね」の精度について想いを馳せている。
 note でいったら「スキ♡」の精度。ここでは、「いいね」に統一しよう。

「いいね」の精度

「いいね」の包含する色彩は
3次元のスペクトラム

心から感じ入っての「いいね」
同意を表明する「いいね」

――事象はもうちょっと複雑そうだ

「この人と近づきたい」の「いいね」
「にぎわいのエネルギーに混ざりたい」の「いいね」

――もうちょっと事象を深く見てみよう

この人好きだからもう全部「いいね」(何なら「♡」付けたい気がする)
とにかくつながりが欲しいから「いいね」

――混迷を呈しているようで,事態はもうちょっと温かい

ある人が真面目に考えて産み出したであろう発信はそれとして全て尊重するという哲学で,目にした記事にもれなく送られるエールの「いいね」

隣人の状況を心に留めるためにSNSにざっと目を走らせるけれど,心が本当に動かされた記事にだけ大切に押される甘露の雫のような「いいね」

「いいね」の色彩は美しい
その精度は0と1では計れない

あなたの「いいね」はどんな「いいね」?

-satomi
03Apr2020


【理性のことば】

 先日、次の記事を結構気合いを入れて書いて facebook にアップしたところ、ものの数秒で「いいね♡」をくれた知人がいた。

「いやいやちょっと待って。原稿用紙にしたら(たぶん)10枚分超える長さだから!お主、まだ読んでないじゃろ(笑)」と、一瞬ちょっと斜めに受け止めた後、ふと気づいた。そうか、この人はわたしを無条件に応援してくれているのではないか、と。

 SNSの「いいね」については、前々から多様性があるなぁと感じており、それを今回言葉にしたら、結構面白く、また全て愛だなーと温かくなりました。

 私の場合、SNSで意見や近況を発信するなぞ怖くてできないところにしばらくいて、それは主に自分に自信がなかったからなのですが、そこから一歩踏み外す気持ちでぽつぽつと発信を始めて、実名でこうして心の内を書いている今があります。(すごい進歩だなー私。ご開帳!)

 そういう経緯なので、怖くて「いいね」すら押せなかった時もあるし、そんなときでも心を揺さぶられたので勇気を出して「いいね」を押したこともあります。その時は私の「いいね」が一番誠実だったかもしれない。だからリアクションせずとも読んで受け止めてくれている人がいるのだろうな、とも想いを馳せたりしています。それも金にして善。

 一方で最近、「読んだら自分の意見と違ってももう全肯定」で「いいね」される方がいるのを拝見して、そういうのもアリだなと。

 その「全部いいね」は、「あなたはこう考えるのね、私は違う考えだけど、でもあなたの考えは尊重します」という、他者との間にきっちり境界を引きつつ違いを受容する、共生社会の教養的な姿勢なのかな、と思って感じ入っています。

 いずれにせよ「いいね」やリアクションは嬉しいので、コメントと「スキ」は、他の作者さんと同様にウェルカムです♡ 拝見して心が動いたら(簡単に動きますw)源氏パイをもれなくお見舞い申し上げますので、どうぞよろしくお願いします♪


日常という人生の旅と、実際の旅の風景からの心象をマガジン「横道横丁~スカーレットの地球の歩き方~」にまとめることにしました。「発達障害を讃える文学」を書き切ったので、今度はこちら(とマガジン「発達障害ライフハック」)に力を入れそうです。

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