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葡萄を、皮をむかずに食べると?【早口言葉と国際結婚】
外国語の響きを音楽のように楽しむのが、好きである。
高校生の私は、金正日を讃える北朝鮮の女性アナウンサーの愛国心のこもった有り余る程に情熱的な話し方がたまらなく好きで、大学に入って第二外国語というものをやるなら絶対、韓国語をやるぞ!と思っていた。
残念ながら、入った大学の二外に朝鮮語の選択肢はなく、ゲルマン系でもラテン系でもなく英語から遠い中国語を取ることにした。
英語と同じくNHKのラジオ講座を聞いてみたり、交換留学先でMandarine(広東語と区別して、標準語をこう呼ぶそうだ)を取ってみたりもしたのだが(第二外国語を通して別の外国語を学ぶのに興味があった)、あまりモノにならず。
そんな中で、はっきりと覚えているのが、同じくその北米の田舎の州立大学に正規生として留学してきていた中国人の学生から教わった、早口言葉である。
吃葡萄不吐葡萄皮,不吃葡萄倒吐葡萄皮。
チープタォ プートゥー プータォピー、プートゥープータォ タオトゥー プータォピー
意味としては、
「葡萄の皮をむかずに葡萄を食べる(くらい)なら、葡萄を食べるんじゃないよ、そうしないと葡萄の皮、吐いちゃうよ」
みたいな感じだった。(雑駁な記憶なので、違ってたら教えてください^^)
秋も深まるこの季節、オータム・ブリーズというか、北米の長い秋のひんやりした空気に重ねながら、果物を食べると、私の脳内では上記早口言葉が延々と再生され、一時停止が効かなくなる(笑)
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さて、夫の国では果物の皮をあまりむかないみたいだ。
りんご、桃、柿、梨。
はじめはびっくりしたが、人間、楽な方に流れるもので、今では私もむかないものの方が多くなってしまった。
もちろん、葡萄もむかない。デラウェアとかの小さいやつ以外、巨峰なんかは、ええい、と食べてしまうことが多くなった。
お腹、壊さないかな…なんても思いながら、まあ、生麦生米生卵が何か信ぴょう性のある伝承て訳じゃないし、と、結局パクパク食べる。
むくことが当然だった葡萄の皮、むかなくっても案外平気なんだ、ということが体感的に分かったことは、異文化で異質な人との国際結婚の実り、の象徴だと言えるかもしれない。
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文化的にそういう国際融和が多少なりとも進んだ一方で、夫の母国語であるアラビア語については、さっぱりだ。オムツ、とか、着替える、とか、赤ちゃん子育て単語と、あいさつ程度から、言語への造詣が進んでない。
中国語の時と一緒かもしれないな、と、今日この記事を書いていて思い当たった。言語そのものの響きへの陶酔と、言語の先にある文化へのあこがれが、もっと十分に満ちていたら、合計で10単位位取ってるはずのチャイ語も、15年の結婚生活で聞いているアラビア語も、もっと自分の根っこと深く絡んでいたのかもしれない。
まあ、柿、も 葡萄、も 言えるしな、アラビア語٩( 'ω' )و
数詞に厳密な商人の言語、「これはいくら?」「これ、欲しい」って、尋ねて伝えられるから、まあ、いいか。
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