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11.16 幼稚園の日

ここは、くまの幼稚園です。
こぐまたちは、山の深くの切り株のあたりに集まって、みんなで仲良くグミの実やりんごを食べています。
平和でのんびりとした時間でしたが、そこで事件が起きました。
「えーん、えーん」
とつぜんくま子ちゃんが泣き出したのです。
足元には、くま子ちゃんが大事にゆっくり食べていたりんごが転がり、砂まみれになっています。
「まぁまぁ、どうしたのくま子ちゃん。泣いてもいいけど、先生に理由を教えてちょうだい」
驚いた先生が駆け寄って尋ねると、くま子ちゃんは「えーん、えーん」と泣きながら、毛むくじゃらの手でくまお君を指差しました。
くまお君は、むっつりと怒ったような顔をして下を向いています。
「くまお君、何があったか教えてちょうだい」
先生は、こぐまと同じ目線にしゃがむと、片手をくま子ちゃん、もう片手をくまお君と繋いで話しかけました。
「おれ、くま子ちゃんが、のろのろ食べてるから嫌だった」
くまお君は、尖らせた口から小さな声でそう伝えた。
「えーん、えーん。のろのろなんて、してないもん。えーん、えーん」
くま子ちゃんの泣き声は、さらに大きくなりました。
他のこぐまたちも心配そうな顔で様子をうかがっています。
「してたよ、のろのろ!早く食べないと、みんなにめいわくだろ!」
くまお君は、くま子ちゃんに向かって怒鳴りました。くまお君は、だんだんと目いっぱいに涙をためて、それはまるで宝石のようにキラキラ光るようになりました。
先生は、くまお君はきっと、どこかの大人にそう言われているのだなと思いました。
「ありがとう、くまお君。みんなのことを考えてくれたのね」
先生は、にっこりと笑ってくまお君と繋いでいる手をキュッと強く握りました。
「でもね、ここでは大丈夫。くまお君も、好きなだけ時間をかけてご飯を食べていいのよ。それを、大人は時と場合によると言います」
先生は、くま子ちゃんと繋いでいる手の方もキュッと強く握りました。
「ときと、ばあい?」
くま子ちゃんがしゃくりあげながら真っ赤な目で聞きました。
「そう。時、は先生といる時間。場合、はこの幼稚園のなかです。ほかにも色んな時と場合があるから、少しずつ覚えていけばいいのよ」
くまお君は、くちびるを噛んでから、たまらず先生に質問しました。
「ほんとに、めいわくじゃないの?ゆっくり食べたら、いけないんじゃないの?」
「大丈夫。あしたからは安心して、食べてね」
先生は、一度強く握った二頭のこぐまの手をパッと離すと立ち上がりました。
「先生は、くま子ちゃんのりんごを川できれいにしてきます」
それを聞いたくまおくんは、くま子ちゃんの足元に転がっている砂だらけのりんごをいきおいよく掴むと、走り出しました。
「ぼくが洗ってくる!」
くま子ちゃんは、なんだか恥ずかしそうに先生を見上げました。
先生はにっこりと笑みを返して「くまおくんのことどう思う?」と聞きました。
くま子ちゃんは、少し考えたあとに「あのね、ばかだけど、嫌いじゃないよ!」と答えました。
先生とくま子ちゃんがくすくす笑い始めたので、まわりのこぐまたちもすっかり安心したのでした。
山の色も変わり、季節は冬へと向かいはじめています。

11.16 幼稚園の日

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