4.4 あんぱんの日・脂肪0ヨーグルトの日
「何食べてんの」
琉斗が話しかけると、美園は赤かった顔をさらに赤くしてうつむいた。
いつもこれだ。隣にいて何が楽しいんだろう。
琉斗は手元のしっとりクリームあんぱんをかじりながら、心の中で何度目かのため息を吐いた。
「フルーツヨーグルト」
しばらく黙っていると、美園はうつむいたまま小さな声で答えた。
「ふーん。そんなんばっか食ってたら太るよ」
冗談のつもりだったが、美園は顎が制服の胸のあたりに付くほどに首を傾けて、自らの紺色のスカートの襞を見つめた。
「冗談だって」
「大丈夫、これ脂肪ゼロのやつだから・・・」
美園の耳下で二つに結った髪が、窓から入ってきた強い風に揺れた。
教室の中にこもった生徒たちの熱の残りを、春の風が廊下に勢いよく吹き流していく。
琉斗は美園の白い手の平に包まれているヨーグルトのパッケージを見た。
購買部で売っているものではないので、コンビニで買ったものだろう。
「もしかして、コンビニにもついて来てたわけ?」
琉斗が今手に持っているあんぱんも、学校の近所のコンビニで買ったものだ。
元々あんぱんなんて買う気は無かったけれど、きょうがあんぱんの日だと大々的にフェアをやっていたのでつい買ってしまった。
昼休みに一旦学校を抜け出した琉斗を追いかけてコンビニに行き、美園はヨーグルトを買ったのではないかと琉斗は考えた。
「いや、そんな、私ストーカーじゃないよ?」
耳に前髪をかける仕草は美園がよくやる嘘の証拠だ。
でも、琉斗は特にそれを指摘することも無く、ただ「ふーん」と言っただけだった。
「そっか。果糖も太るぞ」
窓際の席は日当たりがよく、学ランでは暑くなってきたので琉斗が上着を脱いだ。
そこで美園が顔を逸らしたので、琉斗は眉を寄せた。
「いや、そこまで色々脱がないし。お前さ、そんなんで何でいつも俺のとこに来るわけ?別に仲良しとかじゃないよね、俺ら」
美園は、彼女いわく脂肪ゼロだから太らないフルーツヨーグルトの残りを勢いよくかき込むと、そのまま席を立って走り出した。
そのまま消えていくのかと思いきや、出入り口の手前でばっと振り返った。
「い、いくらあんぱんの日だからってそんな、生クリームがいっぱい入ってるあんぱんなんて食べてたら、そ、そっちの方が太るんだからね!」
真っ赤な顔で美園が短い舌を出した。
「へえ。ご忠告どうも。口の横にヨーグルトついてるよ」
琉斗が自身の口の右端を指先でつついて教えてやると、美園は茹で蛸のように最大限まで顔を赤くしながら、手の甲で口端を押さえて今度こそ廊下へと走り出て行った。
「やっぱ居たんじゃん、コンビニ」
今度は声に出してため息を吐く。
彼女は毎日顔を真っ赤にして琉斗の隣にいる。
そして、何を言われても次の日にはまた隣に来る。
いつもうつむいているので、よく顔を見たことも無かったのだが。
「怒った顔は、まあまあだったな」
クリームたっぷりのあんぱんの残りを一口で口中に押し込むとその甘さに眉をひそめ、琉斗は強い風に枝をしならせるまだ桜の咲かない木々に視線を移した。
4.4あんぱんの日、脂肪0ヨーグルトの日
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