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6.19 朗読の日
彼女の声が読む物語は、視力を使わずとも鮮やかな世界に浸らせてくれる。
今夜の話はこんなであった。
公園の新緑のトンネルを歩いていると、道の端に青と桃色のグラデーションの紫陽花がたわわに咲いていたという。
毎日その道を通っているが、昨日までそれがそこにあったかどうかは覚えていない。
引き寄せられるように近づくと、足元に小さな水たまりがあった。
透明な雨水を貯めた水たまりを覗けば、翠の葉の敷き詰められた底の手前にこぼれ落ちそうなほどの紫陽花の花房が映っていたという。
瑞々しい美しさに目を奪われていると、紫陽花の四角い装飾花の群れの只中から、ほっそりとした美しい腕が伸びた。
音もなく向こうの世界からこちらの世界へやってきた白い腕は、見るものの被っていた帽子を持ってまた彼方の世界に戻っていったそうだ。
慌てて追いかけた体が水たまりに落ちて、その者はそれ以来彼方の世界の住人になった。
美しい紫陽花は少しだけ赤みを増したというが、それに気付く者は誰一人いなかったらしい。
いつしか夏が来て、梅雨が明け、水たまりは永遠に失われてしまったのだそうだ。
彼女はそこまで読むとミントグリーンの息を吐いて本を閉じた。
白い箱の中には彼女と一脚の椅子と手元の本しか無い。
彼女は目を瞑ると、椅子に座ったまま穏やかな表情でうたた寝を始めた。
鮮やかな世界で白い腕を伸ばして誰かを呼んでいる夢を見る。
美しい声で朗読をしながら、実現する日を待っている。