3.6 弟の日
私は二人姉弟だ。
そして私の弟は不思議な奴だ。
元々は太っていたし、足も遅く、勉強もそれほど出来るわけではなかった。
小学校の頃は何かにつけてよく悔し泣きをしていた。
私は泣かない子供だったので、弟のその素直な感情表現をまるで別の生き物のように眺めていた。
中学に入って、運動をして彼は少しずつ痩せ始めた。確かソフトボールだったように思うが、よく分からない。
ようやく背も伸びはじめて、何となくいい感じに人生が回りはじめたところで彼は小さい石につまずき激しく転倒した。
緊張しすぎて試験がうまくいかず、A判定だったにも関わらず志望する高校に落ちた。
その頃私はもう上京していたのでその頃の彼の姿は分からなかったが、かれの性格からするときっと結果を受け入れられずに絶望したことと思う。
二人姉弟のため、私に対するコンプレックスもあっただろう。
私は周りからよく緩く人生を生きている代表格のように見られる。
遊んでばかりで本気で勉強していないのに高校受験も大学受験もするすると上手くいった私を、弟は憎んでいたかもしれない。少なくとも同級生の何人かはそんな私に歯噛みしていた。
私は私なりに顔に出さずとも色々考えたり悩んだりしてきたつもりだが、顔に出ない時点で人よりも考えたり悩んだりしていないのかもしれない。
悩みの重量をはかる秤もないのでそこの辺りは私にはあずかり知らぬことである。
私が大学に通いながら都会で呑み呆けている間に、どうやら彼は高校生活のすべてを懸命に勉強にかけていたらしい。
それほどまでに青春を一つところにつぎ込んできた者は、それからの人生を生きる上で強いと思う。
結果彼は志望の難関大学に合格し、今では一流企業に勤め、隣にはかわいいお嫁さんもいる。
私は悔し泣きをしていた弟が大きくなって自分の力でで好きな人生を歩めていることが不思議でもありとても嬉しく誇らしくもある。
つまずいても、立ち上がる心を持つ弟で良かった。
それでこそ私の弟だ、と酔った時にでも言ってやろうかと思ったところで余計な老婆心から次々と忠告の言葉が浮かんでくる。
でも忘れるなよ。お前は元々太りやすく、緊張しいでつまずきやすく、感情が豊かで傷つきやすい事を。
知識が多いのはいい事だが、お前の持っている一番良い部分、その熱い情を知識で覆って消すことが無いように気をつけてほしい。
そして、本当に頭の良い人というのは、難しい事を誰にでも分かる言葉でゆっくり簡潔に説明出来る人のことだと思うので、溢れ出す知識をマシンガントークで繰り出し、人を論破しようとしないように。それは愚か者のやる事だ。
いくつになっても私は弟の姉で、いくつになっても弟は私の弟なのだから不思議だ。
まばたきの間に、小さい頃のふくよかな彼が、私の胸の中で頬を丸くしていつまでも微笑んでいる。