8.8 白玉の日
白玉は怒っていたわけではない。
ただ、世の中であまりにもてはやされている気がしてならないタピオカというものを知りたかったのだ。
白玉はF県の山の中にひっそりと暮らしている。
白玉をこの世に誕生させたおばあさんは、今日も日がな一日元気に畑仕事をしている。
昨晩おばあさんにも皆タピオカっていうやうの何がいいんだと思うと訊ねたが、そもそもタピオカの存在を知らなかったので話にならなかった。
丸くて、柔らかくて、甘い。
同じじゃないか。白玉は色以外にタピオカと自分の違いを感じなかった。
なのに何故、あれほどまでにあの黒い粒々がもてはやされているのか。
布団の中でも、食卓でも、風呂の中でも、それが気になって夜も眠れなかった。
ついに白玉は、このままでは自分がおかしくなると、おばあさんにもらった小遣いを握りしめて町に下りることにした。
新聞の折り込み広告のなかに、駅前通りにタピオカ専門店がオープンしたと書いてあったのである。
その広告は、やたら装飾過多でやたらピンクで、タピオカドリンクの値段は七百円からと書いてあり、いくら駅前とはいえこの田舎町では強気すぎる値段設定なのじゃないかと勝手にハラハラした。
駅前でバスを降り、人波に紛れると、都会に来たような錯覚を覚えた。
そしてこの程度で心の奥が怯んでいる自分は、東京になど行ったらもみくちゃにされて自我を失ってしまうだろうと恐ろしくなった。
一つの角も曲がることなく、駅前通りを歩いて四分ほどでタピオカ専門店を見つけた。
とりあえず、ガラス窓から店内の様子を覗いてみる。
オーロラカラーに光る照明と、それ以外はほとんどピンク色で染められている一種異様な空間のなかには、平日の日中だからか、子連れの主婦と大学生のグループが一組いるだけだ。
白玉は入るのをためらって二、三度店の前を通行人のフリをして往復すると、ようやく意を決してピンク色のドアをくぐった。
手に入れたタピオカドリンクを両手で持って、店の一番端のテーブル席に座る。
定番のタピオカミルクティーというやつは、値段が高いだけあって大げさに言えば白玉の顔と同じくらいのサイズだ。
これだけの量を飲んだら間違いなく腹がいっぱいになって夕飯を食べられそうにないが、子連れの主婦も大学生グループも、律儀に買い求めた一人一カップを今にも飲み干さんばかりの勢いで吸っている。
とりあえず高まる鼓動を押さえられない白玉は、太すぎるハート型のストローを口にくわえて勢いよく息を吸った。
店を出ると、夕方になっていた。
ありがとうございましたぁ、と舌っ足らずな声に押し出され、ミルクティーが腹から逆流しそうだ。
「タピオカ、恐るべし」
結論としては、タピオカは白玉では無かった。
まず大きさが違う。そして食感もグミのようだ。透明感があるので、粉物の白玉よりカロリーが低いように思えた。
楽しい食感を味わいたくて、つい口にタピオカを多く入れようと吸うと、必然的に大量のミルクティーが口の中に流入してくる。
ミルクティーはもういらん。でもタピオカが食べたい。なのでまた吸ってしまう。
そんな事を繰り返しているうちに、カップは空になり、白玉の腹は液体とつぶつぶではちきれんばかりに膨らんだ。
皆が何かに取り憑かれたようにタピオカを求める気持ちが、ほんの少しだけ分かったような気がした。
「俺は、一生白玉でいいや…」
帰りのバスに揺られながら、町よりも暮れるのが早い山の風景を見て白玉はそう呟いた。
その後、タピオカドリンク一杯に白米茶碗二杯分の糖質が含まれているということが話題になったのをニュースで見て、白玉は心の中でガッツポーズをした。
そして世の中が白玉の良さを再認識して一大ブームになる妄想を頭のなかいっぱいに膨らませたのだった。
おばあさんは言う。
「時代が変わっても長く愛される、そんな白玉が私は一番好きなんですけどね」と。
白玉は、いつの時代も愛されていることに気づいていないし、時代が変わるたびに現れては消えいく似たような何かに嫉妬しながら、これからも変わらぬ姿で生きていくのだろう。