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5.24 伊達巻の日

以前「俺魚とか嫌いなんだよね」と言った春海を冷ややかな目で見ていた花南だったが、それ以上にその男を冷ややかな目で見る機会が訪れたことに、もう花南は驚きもしなかった。

「ねえ。伊達巻作ってよ」
ダイエットをしていると言いながら大学の学食の向かいの席で食事をとらずに野菜ジュースを飲んでいる春海が唐突に言った。

花南は鯖の味噌煮にお味噌汁、玄米ご飯の定食につけた冷や奴を箸で崩しながら、どうして私はこんな男と付き合ってしまったのだろうと思った。
「お正月でもないのに、どうしたの急に」
糖分たっぷりの野菜ジュースを底まで吸いきった春海は、プラスチックのストローを紙製の箱のなかに押し込めた。
「いやさー。なんかふわふわむっちりで美味いじゃんあれ。正月料理を正月にしか食っちゃいけないとか、考えが狭いよなーって思って。でもあれって正月じゃなきゃ売ってないじゃん?だから作って?」
あれあれうるさいんだよこのバカ男が、という言葉は玄米と共に喉奥深くに飲み込んだ。
「春海くんって、伊達巻の材料とか作り方とか知ってて言ってるの?」
知るわけがないと思いながら尋ねるのは、やはりこの男よりも自分がいつだって優位でありたいという心理からだろう。
春海はバカみたいに可愛らしく小首を傾げ「わっかんね。めんどいの?」と笑った。
溜息の代わりに微笑んでみせる。この男は本当に何も知らない。
花南の家が魚屋であることも、小さい頃から肉を食べると気持ちが悪くなることがあり、今ではほとんど魚しか食べないことも、もらった好みじゃないプレゼントをそっとベッドの下の段ボールにしまい込んでいることも。
「ううん。確か結構簡単に作れたと思う。明日作ってくるけど、ダイエットはいいの?」
「あー。大丈夫!卵は別腹っしょ」
予鈴が鳴って、春海は当たり前のように野菜ジュースの空を残して授業へ向かっていった。

「ほんとバカね」
お腹が膨れてしまって大好きな鯖の味噌煮を半分残してしまった。
春海は知らない。伊達巻の材料に、嫌いな魚を原料とするはんぺんが使われていることを。
それでもきっと、明日花南が焼いた伊達巻を春海は美味いと言って笑顔で食べるのだろう。
「野菜ジュースだけ飲んでたら太るよって、そろそろ教えてあげるべきなのかしら」
それでも多分、自分はそれを言わないのだろうなと花南は思った。
バカな男を心の中でバカね、と思いながら愛おしむことで花南はつじつまの合わない自分の気持ちに均衡を与えている。

燃えるゴミとプラゴミのないまぜになった野菜ジュースの空箱をトレーに乗せて、花南は食器の返却口に向かって席を立った。
冷房の入った学食は肌寒く、皿に残った鯖の味噌煮はもう完全に冷え切っていた。

5.24 伊達巻の日
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