11.7 鍋の日
ある公園の真ん中にコタツとガスコンロを持ち込んだ三人の狸がいた。
なぜ狸なのに三人と数えるかというと、全員が古ぼけたじいさんに化けているからだ。
持ち込んだコタツは、当たり前だが電源を見つけられずただ足の風除けになっているだけだ。
「おい太郎、きのこは端に寄せろと言っただろう。俺はきのこは嫌いなんだ」
次郎は陰気な声で、北風に吹かれれば公園の端まで飛ぶような小声で文句を言った。それに対して太郎は次郎に向かってぴしりと菜箸を向けて威嚇した。
「黙れ小僧。次郎が綺麗な赤い落ち葉を見つけられなかったからこうしてその辺のきのこでカサ増しする羽目になったんだろうが!」
シャアッと牙を剥いてみせると、細目の三郎がさらに目を細めて太郎の大口に生のきのこを突っ込んだ。
「まぁまぁ、怒るでないよ。今年は仕方がないんだ。どこの山も赤が出てない。代わりにワシの黄色がたんまりあるぞい」
三郎は、コタツの中から山盛りの黄色い落ち葉が積まれたざるを取り出した。
太郎はもごもごと口を動かしてきのこを咀嚼して黙った。
次郎はくつくつと煮える鍋に、いつメインの落ち葉を入れようかと動向を観察している。
「三郎、もういいかな」
三郎は菜箸できのこを端に寄せると、豆腐売りから買った豆腐をぽちょぽちょと落とした。
「あ、三郎。湯の温度が下がったよ」
次郎は悲しげに、伸びすぎて垂れた白い眉を下げた。
「まぁ、待て。鍋はじっくりやるもんじゃ。焼き落ち葉とは違うんじゃから」
三郎はさっきから手酌で日本酒をやっつけているので、頬が赤らんで口が尖ってきている。
下戸の次郎は腹が空き、青白い顔はますます青白くなっている。
この狸たちは兄弟ではない。化けている時だけ便宜上太郎、次郎、三郎と名乗っているだけだ。ちなみに、年齢順としては、三郎、次郎、太郎という並びなのだからおかしなものだ。
「年にこの時期だけの紅葉鍋。黄にオレンジに、まぁ赤はちょびっとだが、楽しむ気持ちを持て次郎!」
太郎はきのこのクズを次郎の髪に飛ばしながらガハハと笑った。
出汁のいい匂いが辺り一面に漂い、鍋からぶおぶおと湯気が星空にのぼる。
「もうよかろう、もうよかろう」
次郎はたまらずコタツの中から高級肉のごとくカゴに薄く盛られた赤い落ち葉の一枚を鍋に投入し、出汁にくゆらせた後に頬張った。
「旨味が口全体に広がっていく…今年も生きていてよかった」
次郎が感激のあまり耳と尾を出したのを皮切りに、太郎と三郎は菜箸のまま落ち葉を取り合うように鍋に突っ込んだ。
その日の鍋は、三人の狸を体の芯から温めて頬をぽっぽと上気させ、コタツの電源が入っていないことなど忘れさせるほどの至福の時間になったという。
11.7 鍋の日
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