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10.13 さつまいもの日
村はずれに住む太郎は一人暮らしだ。親は早くに亡くしたし、友達もいない。
太郎は村の逆のはずれに小さな畑をかしてもらっていたので、毎日そこを往復する日々だ。
ある日、太郎が夕暮れ時にくたくたになりながら家路を辿っていると、後ろから一匹の狸が付いてきた。
狸は畑の野菜を勝手に盗るので村の嫌われ者だった。
「おい、狸。あっちへ行け。こんなところを歩いていると、タターンと撃たれて狸鍋にされちまうぞ」
太郎は道沿いにならぶ家々の夕餉の煙を気にしながら小声でたしなめた。
「でも、お前さんのかごに入ってるの、さつまいもだろう?おいら、さつまいもには目がないんだ。どうか、おいらに分けてくれよ」
狸が哀れなほど頼み込むので、太郎は考えた。しかし、太郎の借りている畑は土が痩せていて、この日採れたさつまいもも随分と蛇のように痩せているうえ二本しか出てこなかったのだ。
「うーむ。俺のところのさつまいもは、お前さんの好きなさつまいもとは違うと思う。がっかりさせて悪いがな」
それでも狸はあきらめず、とうとう太郎の家まで付いてきてしまった。
「仕方ねぇなぁ。ほらお食べ」
太郎は、芋と芋がらとで作った薄い汁を狸に分けてやった。
「うまい。うまいな。甘くて、うまい。名前はなんていうんだい」
「おれかい。おれは太郎ってんだ」
「太郎か。太郎の芋は、甘くてうまい。きっと大事に育ててんだな。もっと採れたらいいな」
狸は最後のひとしずくまで舐めとると、満足そうに腹を鳴らした。
「そうだなぁ。でも、俺が借りてる畑はみんなが使わなくなった元気のねぇ畑だからなぁ」
太郎は肩を落として芋汁を力なく啜った。
「だったらもっと、栄養のある畑でやればいいじゃないか。おいらだったらそうするね」
太郎は、狸が眉間に皺を寄せて熱弁するので、少し面白くなってしまった。
「何を笑うんだい」
「人間にはしきたりやら区切りやら身の丈やらってもんがあってな。俺に与えられた畑をありがたく使うことしか出来ないわけよ」
狸は寝転がって、どこから出したか笹の葉の根っこで歯の掃除をしながら「そんなもんかねぇ」と呟いた。
翌朝、よく御礼を言って狸は太郎の家を出た。朝飯にさつまいもの尻尾をもらって、嬉しさに涙がにじんだほどだった。狸はさつまいもを心から愛していた。しかし、村の者はほとんど畑に狸除けの罠をしかけるようになってしまったので、狸はさつまいもを前にうろうろするしかなかったのだ。
狸は走って村のはずれにある太郎の畑に行ってみた。
太郎の畑には狸除けが無かったが、石やら村人が捨てたごみやらが土に混ざり、なんともさみしげな畑をであった。苗はひょろひょろで力なく地を這い、太郎からもらったさつまいもはなけなしのものだったのだと知る。
「この畑をさつまいもでいっぱいにしてぇなぁ」
狸は腹をぽんぽこと鳴らしながらしばし考え、うんうん三つ唸ってから山へと走り帰った。
「ん?なんか臭い気がするなぁ」
翌日太郎が畑に行くと、これまでに嗅いだことのないような臭いが鼻をついた。
よくよく見れば、土や石に紛れて何かの糞が散らばっている。大小さまざまで、動物の種類は特定出来ない。
「おれの畑なんて、けものに荒らされるほどの作物はねぇんだけどなぁ」
太郎は首を捻りながら、ついでなのでその糞を土に混ぜて耕した。
ある日は糞の他に、畑の前に落ち葉が山盛りになっている日もあった。土から小石だけが抜かれて畑の中前に積まれていることもあった。
「これは、神様の仕業だぁ。ありがてぇ、ありがてぇ」
太郎は畑の隅に小さな鳥居を立て、昼飯や山で採れた果物なんかを少しずつ供えては手を合わせて感謝した。
雪の降るあいだも、太郎は畑に行っては手を合わせた。
春になっても、神様の力はやまず、太郎の畑はどんどん肥えていった。夏になると初めて鈴なりになった野菜を見て、太郎は思わず涙を流した。
鳥居に野菜を山盛り供えると、次の朝には綺麗に無くなっているのだった。
秋が来て、たくさんのさつまいもが畑になった。太郎は、狸のことを思い出し、山に向かって狸を呼んだ。
「おーい、狸。今年はお前さんを喜ばせてやることができるかもしれないぞ。出てこい狸やーい」
ぽんぽこと音がしたと思うと、山裾の方から狸が走ってきた。
「おいらを呼んだかい?太郎」
去年より少し毛艶の良くなった狸は、にこにこと笑いながら腹をさすっている。
「今年はさつまいもが豊作なんだ。どうだ、この芋は」
掘りたての太い芋を見せると、狸は毛むくじゃらの腕で口元のよだれを拭いた。
「すげぇなぁ。この前貰ったのの五倍は太い」
「よかったら、友達も連れてきていいぞ。おれ一人では食べ切れねぇからよ」
太郎もにこにこと笑いながら、落ち葉を集めて焼き芋の用意をはじめた。
その日は山の動物たちが太郎の畑に列をなし、通りかかった村人はその様に驚いて腰をぬかしたそうだ。