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旅の記憶

目覚ましのヴァイブ

マットレスのスプリングに共振している
時計は午前五時。液晶の灯りが天井を照らす

砂が流れるような雨音
旅先であることをゆっくり思い出す
昨日の記憶…

伊香保渋川から国道17号を南魚沼に向かった
酷い渋滞を抜け霧のワインディングを登る
路面はウェット
深緑のトンネルからコーナーが迫る
エイペックスをぬける

アクセルに呼応するインジェクター
猛獣の雄叫びをあげガソリンとエアを吸い込む
リアに潜む200/55/17の赤い悪魔が暴れ出す
鋭く蹴り上げるように加速する
前後から上下そして左右に変わる重力
鷲掴みにされ振り回されるように

四速と三速が奏でるサウンド
オートブリッパーのアクセント
逆回転クランクが重力に抗う
イタリアンチューンが織りなす
官能のリズム…MVアグスタの魔法

現れた少し長いトンネルを抜け一気に降る
道幅の広いワインディングが続く
右手の視界が広がり谷川連峰が顔を出す
白雲の切れ間から時折り青空
目の前は苗場が近いことを示す標識
アップテンポで降る

シーズンなら満車になるであろう駐車場
アグスタをすべらせ停める
水温計は快調な位置
線で模ったような輪郭の雲から覗く青い空

天地が逆転したような風景に独り佇む
ゆっくりと心に刻む…


「独りぼっちになっちゃった」

昨日逢った彼女から溢れた言葉が
突然記憶を支配する

「長年介護をしていた母が去年亡くなったの」
ありきたりの慰みの言葉を探し口にする俺

「楽になると思ってたんだよね…ずっと」
「けど見失っちゃった…自分のこと」
「生きがいだったのよ…知らない間にね」
「苦しみが生きがいだったなんて変よね」
笑みを浮かべ問わず語りの彼女
「そうか…苦しみじゃなかったのかもな」と俺
「そうかなぁ…大変だったのよ」と彼女
「お母さんは間違いなく感謝してるよ」
「それを誇りに自分のために生きなきゃ」
俺の言葉が宙に浮かぶ…『自分のため…』

テレビを点ける

やはり天気は回復しないようだ
警報級の嵐になるので外出は控えろと

帰りのルートを探る
絶対に行かなければならない場所がある
俺を育んでくれた人達が眠る場所
延期は許されない

…ダレノタメ…

ホテルの駐車場
無機質な機械にキーを刺す
長めのクランキングの後アグスタが目覚める
エンジンが暖まる間タバコに火を点ける

雨に濡れ黒く滑ったアスファルト
鉛色の空へ静かにゆっくりと煙を吐く

#創作大賞2023 #オールカテゴリ部門