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こんなChristmas

Christmasだから。と普段より早めに帰宅した。
駆けつけ一杯。
ビールを一缶あける。
旨い。Christmasだから余計に旨いんだという思いこみの旨さ。

調子にのっていた。
浮かれていた。Christmasだから調子にのっていいんだ、という思いこみ。
Christmas用のサラダの準備をルンルンでやる。
スーパーに寄って卵を買ってきたら、既に冷蔵庫にひとパック入っていた。
まずい。かぶった。 
卵の置き場所に困る。 
「そうだ。味付け卵を作ろう」
と思いついた。
だし醤油に刻みネギと鷹の爪を入れたシンプルなやつだ。 
サクサク刻まれるネギをおさえながら、
いつもと違う切れ味に驚いた。
(よく切れる包丁だなぁ。)
妻が新しく包丁を新調していた。Christmasだから?
あまりの切れ味にネギを刻むのが楽しい。その時だ。
”ザクッ”
と、いとも簡単に指先が切れてしまった。
ネギをおさえていた人差し指の斜めのラインが爪ごと切れてなくなっている。
「やってしまった!」
強めの声に子供たちが近寄る。
数秒後、雨漏りの屋根から落ちる雨垂れのようにポタポタ‥と、床を赤い斑点が色をつける。
(おさえないと)
と、救急箱があるキャビネットに向かおうと、通過した灰色のソファーにも赤い斑点模様ができてしまう。
救急箱には小さな絆創膏しかない。
「こんな時に何もないんだなぁ。」
スポーツ用のテーピングで傷口をぐるぐる巻きにしてとりあえず血を出ないようにした。
迷った。
病院に行くか否か。。

テーピングを緩めると血は噴き出る。
しょうがない。行こう。

入浴中の妻に扉戸一枚隔てて説明をする。
傷口も見ない妻はバスタブから
「そんな傷。病院まで行くほどなのー?」
と呑気に構えている。
「玄関のロックだけはかけないようにね」
とだけ言って家を出た。

お酒を飲んでいた為、タクシーで夜間担当病院へ向かう。
タクシードライバーは千葉さんだ。ダッシュボード上の札が見えた。

千葉さんは人に興味がある人らしい。
僕の血だらけの左手を見て聞いてきた。
「どうしたんですか?それ」
凍結した路面より、僕の傷の方が気になるらしい。カーブを曲がった時に後輪が滑った。
「料理をしていて、つい自分の指まで切り落としてしまいました。肉片入りのChristmasディナーです」
面白そうだから、大袈裟に言う。
「ええー!それは大変です。急ぎましょうー」
危なっかしい運転だ。後輪がまた滑る。
(カーブが急ハンドルなんだよ!)
千葉さんはレーサーが付けるような指のない皮製のドライバーズグローブをしている。
(松田優作かよ!)

病院に着くまでの間、ずっと喋る千葉さんだった。話の節々に”世の中は”とか、”社会は”とか度々出てきた。
(なるほど。タクシー運転手っていう職業を通じて、車内から社会の窓を見つめている)
乗客から色んな話を聞いているんだろう。
特に多かった話は近頃の外国人労働者の話だ。
憧れの日本で働く願いは叶えども、それを仲介する第三者に多額の借金を背負わされているという現実を語る。彼ら労働者は狭い部屋に集団で住み、借金を返済するために何年も働かされるそうだ。
何も感知しない知ろうともしない、この国に住む僕ら日本人は無関心という言い訳で本当の現実から目を背けている。そんなことも言っていた。

病院に着く頃には千葉さんの話術に感化され、
意外と話上手だな。と僕は思うようになっていた。どんなお客さんでも平等に向き合い、話を丁寧に聞いてあげている結果だろう。
タクシードライバー千葉さんとは良い友達になれそうな気がした。¥2,800也

Christmas夜の病院はインフルエンザの急患と、転倒災害の人が殆どで、血がついた急患はザッと見ると僕だけだった。

30分ぐらいして名前を呼ばれた。
若い医師が僕の指先を診察する。
彼はまだ、診察には慣れてないらしく、診察途中に
「あちゃー」とか「忘れてたー」とか、声に出すもんだから不安でしょうがない。
とりあえず何かあった時用に、名前札を記憶しておく。
しかし、さすが医師の卵。
診察が進んでいくたびに、その医者であるインテリぶりを発揮する。
麻酔の注射。
縫えない指先をどうふさぐか。
縫うのも考えていたらしい。しかし、指先には縫えるほどの肉が無い。
色々と他の看護士や医者と話をし、これからの正しい処置方を検討していた。

先ず圧止(圧迫止血)を試みた。
麻酔注射をうつ。人差し指の左右1回ずつ打つ。
刺す時にブスッと皮膚の抵抗感があった。
痛みはリアルだ。
いつか見た映画のシーンを思い出す。
「これは訓練では無い。これは訓練では無い。と指揮官が全艦に告ぐシーンだ」

麻酔が効いてきた時点で、グッと指の根本を押さえる。血が湧き出るのを抑え、血液の凝固作用を利用して血を止める。という基本の止血方法だ。
しばらく10分ぐらい医者の彼と僕は一見手を繋いだカップルのようにも見えないことはない。
まぁ。10分もお互い近い距離で手を握っていると、そんな想像するのもおかしくない。
10分間動かない。ということはそれだけ長い時間でもあるのだ。

こんなに若い黒縁メガネの医者と近しく接近した仲なのに、僕の血は予想に反して止まらなかった。黒縁先生は次の手を考える。

避妊具の様なゴム帽子を指頭から被せて止血を試みた。助手の看護士が
「具合が悪くなるのであまり処置を見ない方がいいですよ」
と言ったので、一旦見ないように目を逸らしたら、知らない間にそのゴム帽子は根本部だけになっていて、その根本部は手で押さえ続けなくても根元を圧迫し血流を遅く噴き出る血を滲ませる程度までに抑えてくれた。
それでも僕の血は止まらない。

黒縁先生が言う。
「どこかにダーマボンドなかったですか?」
別のイケメン男子が言う。
「ダーマボンド?ああ。接着剤ね。あったっけ?でも使ったことないなぁ。無いならアロンアルファでも代用できる?」
とスマホでダーマボンドを検索しはじめた。
(えっ。スマホで検索?そんなんで大丈夫?)

結局、ダーマボンドは見つかった。
医療用ボンドで傷口をふさいだ。
少量のボンド。
その少量なものを3本も使っていた。
しかし、ダーマボンドで処置するまでが痛かった。
血が滲まなくなるまで何度も傷口をグッと拭き取り、そのタイミングで消毒液を塗り、ダーマボンドを被せる。
1本目のダーマボンドでは被した脇から血はしつこく隙間を探し出しては漏れ出す。
2本目は垂れすぎてピンポイントの隙間を埋められなかった。
3本目にしてようやく僕の血の流れを堰き止める事ができた。
それにしても人の身体ってのは逞しい(たくましい)。血も己の意思を持つように、生きている。 
生命を動かす力だ。

あれだけ苦労した血をようやく止めることができた。僕は安心した。
黒縁先生が、ダーマボンドで傷口を被う時に、若い女性が一時僕の指を圧止してくれた時間があった。これも2人で手を繋いでいるようで、距離が近いようで、少々ながら嬉しい悲鳴だった。

黒縁先生が言う。
「とりあえず血は止める事ができました。しばらく様子を見てみましょう。お疲れ様でした」

「先生こそChristmasの夜にすいません。ありがとう」

時間は23:00をとっくに過ぎていた。
ケーキも食べていないChristmasはこんなかたちで終わってしまう。

会計時名前を呼ばれる。
診察券のない初診者は飛び込み料¥7,000が夜間診察料に上乗せするそうだ。
「やれやれ。タクシー代と診察料を足せば今夜のChristmasを盛大に楽しめた金額になるなぁ」

そんなことをあまり考えないようにした。キリがない。

帰宅用のタクシーはやはり千葉さんだろう。
タクシー屋に電話して千葉さんを指名した。
10分もしたら駆けつけてくれた。
帰宅路も相変わらずだ。
凍結した路面を後輪を鳴らして進んでゆく。
背筋をピンと伸ばし背もたれには寄りかからない。そしておきまりの指なしドライバーズグローブ。 
僕は話が止まらない千葉さんの会話を耳横に流し、彼の指なしのドライバーズグローブをずっと眺めていた。
とりあえず指落ちなくてよかったな。
そう考えながら。
誰もいない街路。途中に一度信号で止まった時に日付が、変わった。
12/26(木)帰ったら寝るだけだ。ケーキはもう昨日に置いておこう。
青信号に変わった瞬間に千葉さんのアクセルふかし過ぎで、首がガクンとなる。
笑 
なんだか可笑しくなった。
(レースかよ!)
こういうキャラ。大事だよな。

今夜は黒縁先生と、千葉さんに助けられたChristmasだった。


《次の日は皆んなにからかわれる。笑い話で済んでよかった。今日はトコトンこれをネタに笑かしてやろう》

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