ブタブタノ森
会社で上手くいかないことがあった。
むしゃくしゃする。
帰りの車の中
信号待ちの”赤”をじっと見つめる。
信号が”青”に変わったのに”赤”のままに見える。
後ろからのクラクションで発進する。
後ろの車は次々とウィンカーをつけては追い越していく。
今の僕にはスピードメーターは機能しない。
雨が降ってきた。
前方の車のテールランプがぼやける。
雨が強くなってきた。
ワイパーを動かさないで、よりぼやけた異和感に身を投じる。
”良かった。ここは現実ではない”
と思ったりして‥
雷が鳴り
より一層雨が強くなる
雷が鳴る
”鳴れ鳴れ 降れ降れ 今日の出来事をすっかり洗い流しておくれ”
秋の夕刻は夜が早い
薄暗くなった通りに反するように
ガラスを駆け降りる雨玉に
眩しく照明が反射する
”ラーメン屋だ”
腹は減っている‥
食べれば少しは”むしゃくしゃ”が晴れる気がした。
気がつくと店内。
「濃厚かつおつけ麺大盛りと炒飯大盛りをお願いします。あと餃子もつけようかな。餃子2人前」
何を言っているんだ。俺は。
昼のコンビニ弁当でさえ買うか、買わないかで迷っていたはずだ。
余計な出費は家計のトラブルの元じゃないか!
なのにどう考えてたって頼みすぎだ。
それに腹一杯たべたところで結果は結果。何も変わらないだろ。
数分後‥無心でがっつく俺。
むしゃくしゃ食べる、
負の悪循環‥
家に帰ってきたら妻がいつもの通り晩御飯を作っていた。
「ただいま」とボソリ言う。
妻は顔も上げずに何も言わない。
”うん。いつも通り”
2階に上がりながらネクタイを緩めて”いつも通りじゃないのは僕の方”とぶつぶつ考える。
雨で濡れた上着をハンガーにかけリラックスウェアに着替えると、”もう、ダメだぁ”
布団にゴロリと横になる。
先ほど食べたラーメンが入ったお腹をさする。
家にきたら余計に罪悪感が取り囲む。
「苦しい‥はち切れそうだ。久しぶりに食べたなぁ」
年齢と共に運動不足になり
体重も今世紀のウルトラマックスだ。
ストレスと不眠と運動不足と野菜不足‥
加齢臭の法則。
そんなんで歴とした中年親父の仲間入りになる。
最近購入したものは靴下‥
靴下さえ買ったら買ったで、
「ねぇ、この靴下いつ買ったの?前のやつ、まだ穴も空いていないよねぇ。」
と卑屈な態度で言われるが、なぜか肩身が狭い。
膨らんだお腹をさすりながら、段々と満腹感が睡眠欲を促す‥なんか眠くなってきた。気持ちがいいけど‥ダメだ、晩御飯があるじゃないか‥食べないと‥食べないと‥何言われるか、‥Zzz
「Helloー。ブタさんブタさん。そろそろ学校に行く時間ですよー」
目を擦りボヤけた視界を探る。
目の前には一羽のオウムがいた。
いきなりのオウムの顔だ。
驚きより怖さが勝る。
「あっ‥ああ‥朝?‥ありがと、う」
それにしてもよく喋る。
今何時だよ、ガゥ
せっかく起こしてやったのにまたせるのかよー、ガゥ
今朝の毛並みはどう?いい感じ?、ガゥ
朝食はひまわりの種がやっぱいいよね、ガゥ
窓は開いている。そこから入ってきたらしい。
部屋の窓枠に嘴を何回も擦り落ち着きがない。
「今着替えるからちょい待ち」
服を着て鏡を見る。
「えっ?ブター?」
現実は変わらない。どーも、こーも、考えずにとりあえず言われるままにオウムと学校?に向かってみる。
学校は本当に学校だった。
正門があり、花壇があり、生活指導員が腕章を付け出迎えているし、みんなランドセルを背負っていた。
いつの間にか僕とオウムもランドセルを背負っている。
授業を始めまーす。
鹿の先生が授業をはじめる。
腕には作業用の”ゆきつり”がしてある。昭和かよ。
1限目がはじまる。
「はぁーい。それでわぁ。教科書の18ページを開いて下さいー。」
国語‥かな?
「今日の話のタイトルは?‥はい、じゃぁペンタックスさん」
えっペンタックス?(僕は思わず後ろを振り返った)げげっ、カメラじゃんっ!
何とカメラの顔をした子供が席を立ち教科書を読み上げる。
「題 ”満腹中枢を刺激する” 満腹中枢とは、脳の視床下部にあって、‥何々を麻痺させ…きりなく食べ続け‥爆発する最も危険な‥」
えっ。”爆発?‥今”爆発”って言った?
隣にいる澄まし顔をしたオウムに聞いてみる。「(ねぇ‥さっき読み上げた内容だけど‥”爆発”?って言った気がしたけど‥)小声」
オウム:「そうだよー。”ばくはつ”、”ば・く・は・つ”、”ば・く・は・つ”、”ばくはーつ”ガゥ」
鹿先生:「はいそこー。何騒いでる!内容は理解したのか?ペンタックス。要約してみろ。」
ペンタックス:「はい。結果から言います。要は”故意に”満腹中枢を刺激すると3時間後には、お腹が爆発してしまいます。よって”故意には”満腹中枢を刺激しない”事”と、健康管理大臣が発動しています。」
鹿先生:「はい。ペンタックスさん。90パーセントの回答ありがとうございます。(鹿先生は毎回100パーセントとは言わない)その通りです。ここの教科書にも書いてあるように、”故意に”満腹中枢を刺激する事は”とても”危険な行為なのです!みなさんよーく、覚えておいてくださいね。」
ブタの僕は青ざめた。
青いブタ。ムーミン?
2時限目がはじまった。
2時限目は算数だった。コアラ先生だ。
「はーい。それでは今日はひとつ新しい問題に進みます。ちゃんと覚えてね。はい。それではノリスさん。黒板に問題を書いてもらえますか?」
ノリスが黒板に問題を書く‥
”ラーメン大盛り+(足す)炒飯大盛り+(足す)餃子2人前=(和)”
ブタの僕はまた青ざめた。
ますます青くなる。ムーミンってブタだっけ?
コアラ先生:「これは難しい問題ですねぇ。このまま解くのは難しいので、ユーカリに置き換えて考えてみましょっ。
”ユーカリ大盛り+(足す)ユーカリ大盛り+(足す)ユーカリ2人前=(和)”
はい。どうでしょう?
分かりやすくなりましたねぇ。
それじゃぁ、ノリスさん。答えてもらいましょうか?
ノリス:「先生!私にはユーカリに置き換えても難しいので、どんぐりに置き換えてもよろしいでしょうか?」
コアラ先生:「あーん!?何でわざわざ”どんぐり”よ!ユーカリが1番わかりやすいのに!まぁっ、しょうがないねぇ。今回だけよっ。」
はいっ。ノリスさんの答えが出ました。
みなさん。わかりましたか?
難しい問題はこのようにユーカリで例えるとグッと分かりやすくなりますね。
このように答えは、ほぼ4人前この人は食べた事になります。
みなさんお分かりのように、これは完全に”爆発”ラインです。注意してください。
オウム:「ばくはつ、ば・く・は・つ、ばくはつ、ば・く・は・つ、ガゥ」
チャイムが鳴り休憩時間になった。
ブタの僕はちょっと具合が悪くなり保健室に行く事にした。オウムは僕の横で
「ほけんしつっ、ほ・け・ん・し・つっ、ほしんしつっ、ほ・け・ん・し・つっ、」
の連呼だ‥ますますお腹が張ってくる。
保健室についた。
ブタの僕:「オウム君ありがとう。付き添いはここまでで良いよ。あとはひとりで大丈夫」
保健室に入った。
保健の先生に「ちょっと具合が悪くて。少し横になってもいいですか?」と言う。
振り返った先生を見て驚いた!
嫁?んー。と顔を近づける。似てる‥いや、これ。嫁だ!
ガビーん、と逃げそうになったが、何かが違う。
”優しいのだ”
「どうしたの?(おでこを生手でおさえる)
うーん。熱は無いようですね。あと気になるところはありますか?」
ブタの僕はお腹をみせる。
ちょっと食べ過ぎちゃって‥
嫁の先生はお腹に聴診器をそっと当てる。くすぐったい。
「うーん‥。うーん‥。これは‥やばいかも。です。”爆発”まであと150分ってとこですね。」
とりあえず寝て下さい。と言われ保健室の小さいベッドに寝かされる。
体を倒すと「ぎしり」とパイプの音が鳴った。
真っ白な天井が近い。
何か懐かしい。
「ハッ」とした。気づくと横に嫁の顔がある。近い。
嫁の先生は僕のお腹をトーントーンと軽く叩いている。トーントーン‥何だか心地良い。
思えばこんなにも嫁に優しくされたのは、かなり久し振りのような気がする。
「”爆発”に抵抗する処置をほどこしますね。」
トーントーン‥安心する。
トーントーン‥なんだか眠くなってきた。トーントーン…。
ビョッ!と飛び起きた。
慌ててスマホの時計を見る。
1時間経っていた。
マズイ‥
一階に降りる。
晩御飯は皆終わっている。
ダイニングテーブルには自分の食べる分の食事がラップに包んで置かれていた。
あちゃー。
嫁に「ごめん。寝過ごしてしまった」と言おうとしたが、既にシャワーを浴びている。
子供達は”我関せず”と振り返りもしない。
せっかくだからと、ひとりで箸をつけようとしたが、お腹はいっぱいだ。
箸が動かない。
嫁の顔が目に浮かぶ。
目の前の食事を残したら大変だ。怒りだけでは済まない。何としてでもお腹の中に入れないといけない。
しかし、先程の夢の跡も濃い。
「”3時間後には爆発する”」
思い出してしまう。保健室の”嫁”は「”爆発”までのあと150分ですね‥」と言っていた。
既に2時間近く経っている。まさか‥
少しずつ少しずつ食事に手をつける。食べなきゃ食べなきゃ‥
お腹は更に苦しくなった。
後悔する。
なぜ帰り道にあんな大食いをしたんだろう?
そう、考えながら少しずつ少しずつ食事を食べる。そしてようやく完食できた。あぁ良かった。
お腹がはち切れそう。
お腹を針で刺すなら、プシュっと噴水のように中身が飛び散るかも知れない。
お腹がドクンドクンと血流が行き交う音がする。
まるで妊婦だ。
ん?待てよ。”ドクン‥ドクン‥”
これは‥”時限爆弾のタイマー音?”
”ドクン‥ドクン‥”
まさかなぁ‥
音を聞くと焦る‥
再度、満腹中枢を刺激したから?スイッチが入った?
わからない。
ああ苦しい。
ドカッと床へ寝転ぶ。
壁掛け時計が視界に入った。”もうすぐ3時間が経つ”ドキドキ”と”ドクンドクン”とこれは爆発までのカウントダウンなのだろうか?もうよくわからない。
カウントダウンがはじまる。「3、2、イチ‥」
「ガラガラガラ‥」
嫁がシャワーから上がってきた。と同時に、床にトドのように横たわっている僕を冷めた目で見る‥
時が止まった‥
お互いの視線が静止した。
僕のお腹はシャツの裾からチラリと見えている。
嫁はその場所をピンポイントで発見すると、
「キモっ」
とだけ言い放ちどこかへ行ってしまった。
時計の針はどうやら継続して動いているようだ。
あのブタの夢はなんだったのだろう?とてもリアルだった。そして”爆発”する‥?
おそらくそれば僕が僕自身の為に”警告”として見た夢だったのでは?と思う。
食べてすぐ寝ると”牛になる”とよく言う。この時の僕は正に、食べてすぐ寝てしまった。
夢の中で”牛”にはならなかったが、ブタになってしまった。
夜はしばらく眠れなかった。
眠るとまたブタになるんだろうか?
”故意に”中枢神経を刺激すると”爆発”する。
それは”嫁”が”爆発する”よ。と言う意味だったのか、よくわからない。
あれこれ考えていると知らない間に眠っていた。
その夜は久しぶりに朝まで熟睡できた。
次の日の朝は会社に行くのも爽快だった。
人間は考える生き物。
自分で自分を追いこむこともある。
昨日の事を考えると馬鹿馬鹿しくて笑えてきた。
一日経った今は全く別の世界。
また昨日のような気分になったら”ブタになった自分”を思い出そう。
それは”僕”じゃない。
”ブタブタの森に住むブタの僕”だから…。
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