見出し画像

「クリスマスマンス」に『クリスマスロマンス』

12月になると決まって流しっぱなしのラジオチャンネルがある。
三沢ベース放送のラジオ”AFN1575”だ。
このチャンネルは三沢基地から約30キロ圏内範囲だとAMラジオ電波で拾える。僕は高校生の時にこのラジオチャンネルを偶然拾い、それからはずっとこのチャンネルで数々のお気に入りの洋楽知識を得てきた。 
U2,ローリングストーンズ、ボンジョビ、グーグードールズ、ビートルズ、クラウデットハウス、エアロスミス、レッドホットチリペッパーズ、イーグルス、フィルコリンズ、シェリルクロウ、アリシアキーズ、oasis(オアシスと発音しない。オエシスが○マル)、ブラー…

僕の洋楽の肥やしとなった数々の名曲は殆どこのラジオチャンネルで培ってきた。
時間帯でカントリー、ロック、R&B、バラードと別れるが、どのジャンルも捨て曲なし、MCや、CMはほぼ無い。午前10時、昼、午後3時、夕方ぐらいに、ほんの数分だけニュースを挟むぐらいで、あとはずっと一日中音楽かかりっぱなしの最高なグルービングラジオなのだ。

そして12月。
12月に入るとクリスマスまでの1か月。その1ヶ月は毎日がほぼ、クリスマスソング一色になる。

古い曲から王道の合唱曲、毎年聴いても飽きない曲。勿論新作まで。シャンシャンと鈴の音が降り注ぐ世界中を飛び回るサンタクロースを一日中想像してクリスマスを迎えるように、このチャンネルのファンは一日中クリスマス音楽に染まり12/25を楽しみに期待してその日をウキウキに待つ。

そして最近になって知ったクリスマスソングもある。
アレクサンダーオニール”This Christmas”
ミミ・ウェップ” Back home for Cristmas”
ほんと何年経っても毎回色褪せない楽しいチャンネルだ。

高校生の時に部活動で怪我をして数日病院に入院したことがあった。
一日中ベットの上にいる生活。その生活を唯一楽しみにしてくれたのがこの”AFN1575”チャンネルだった。時間は沢山ある。僕はこんないい機会は滅多にない。と、ずっとラジオに釘付けになっていた。
枕横には英語辞典一冊だけを置き英語の会話から単語を抜き出し検索する。または、音楽のタイトルから意味を検索する。検索してはそのページ余白部分にアーティスト名や曲名を書き記した。

耳が慣れないうちは発音が早くなかなか聞き取れないが、耳はちゃんと慣れる。聞こうと思えば聞けるのだ。次第に英語が、洋楽が楽しくなった。
辞書の余白部分には沢山の洋楽の曲名がずらりと埋まっていった。

退院後、学校生活がはじまり、英語の授業はいつしか楽しみになった。
この落書き辞書を開く度に洋楽タイトルが目につき、自ずと曲が頭の中で流れてくる。腰を振り付け踊りたくなる気だってしてくる。
大人になった今でもこの音楽履歴辞書は僕のお宝のひとつとなってしっかりと本棚に飾ってある。

地元の市内に一軒だけ楽器屋兼CDショップがあった。
AFN1575チャンネルの影響か僕はよく学校帰りにそのCDショップへ行きCDを試聴し、楽譜を立ち読みし、店員と音楽の話をするようになった。
通いはじめて数日後、店員さんにドイツ系の若い女の子がアルバイトではいった。
彼女は日本にはまだ来たばかりで日本語がカタコトだった。
僕も英語がカタコトということもあって、僕たちはお互いのカタコトを埋めるように話をしてお互いの言葉の勉強をした。
中でもお互い趣味である音楽の話は盛り上がった。
僕が最近はよく映画のサウンドトラックを購入するんだ。と言うと、彼女もすぐに同じサウンドトラックを買った。
ふたりで同じものを買うのも何なんだからと、そのうち僕らはお互いのCDを貸し借りするようになった。
そして冬になり、初雪が降った12月。
僕らはクリスマスの日に向けてお互いのお気に入りのクリスマスソングを送り合おう。というイベントを企画した。
僕が参考にしたのはやはり”AFN1575”チャンネル。時間の許す限りラジオに耳を傾けた。脇には”音楽履歴辞書”を抱えて。

そしてクリスマスの日。 
いつも通りの学校帰り。彼女がいるCDショップへ寄った。
僕は何日か前にこの店で彼女がいない時に今日用のCDを既に買っていた。
店主のサトーさんは「なかなかいいセンスだよ」と言ってくれた。彼女の反応はどうだろう?

カランカランと入り口の扉を開ける。
入ってすぐに店主のサトーさんが、「彼女は裏の公園にいるそうだよ」と教えてくれた。
ドキドキしていた。
そう。
今日はクリスマスだ。
僕は”想い”を口に出してみようと決心していた。
手に持ったおすすめのCDはあくまでも飾りだ。

裏の公園のベンチに彼女が座っていた。 
子供用のベンチに座る彼女の脚がとっても長く冷たそうに見えた。
彼女が言う。
「メリークリスマス」
先に言われてしまった。
「メリークリスマス」
寒さのせいか、いや緊張のせいだ。固く強張った声が言葉をも押し込んでしまう。
彼女が会話をリードしていく
「CD持ってきた?私どれもこれも良いのばかりでなかなかひとつに絞れなかったわ」
と言う。
君らしいよ、と頷いてから
「僕の方は、この曲を一度聞いた時に、直ぐにこれ!だと速攻だったよ。簡単に決まった」
と答える。
「じゃあ。同時にせーの。で出し合おうね」
「分かった」
との合図でCDを見せ合った。

僕の選んだ選曲はBOYZ II MEN”Let it snow”
歌詞は「雪の寒さに負けない燃える愛の歌」って感じかな。
今思い返すと、ドンくさいなぁ。純で汚れを知らない単純な男のような歌詞。でも、4人の歌声が素晴らしすぎる。二重にも三重にも言葉がメロディーと歌声に乗っかってきて、もはや言葉は4人の発する世界の身体の一部となったかのようだ。

《懐かしいー。よく聴いたなぁー。歌詞カード何度も折りたたんではケースへ差し込んだ》

彼女の方はどうか?
ほほー。
Bon jovi”please come home for christomas”

知ってる。CDジャケット見てなんて羨ましいジャケットなんだろ。と思った記憶があった。
それにしても彼女が待つとなんて素敵なジャケット写真なんだ。 うっとりしてしまった。
やはりなー。
センス宜しくて何より。
この曲、ボンジョビの歌い方がまた、いいんだよー。「クリスマスッ⤵︎」「クリスマスッ⤵︎」と下穴に落とす感じが。セクシー。
そしてミュージックビデオはひたすらこのジャケットのふたりが初めから終わりまでクリスマスの夜にいちゃいちゃして終わるってやつだ。
それにしてもこの美男美女は反則だっしょ。女優さん誰だろう?おそらくファッションモデルだな。

ふたりでウンウンと満足して頷き、お互いのセンスに同感し盛り上がった。
「早く部屋に行って聴きたいね」 そんな雰囲気になった。

(このタイミングを逃さないぞ)
僕は彼女を自分の家に誘おうとした。
その時、
「あっ。クリス!」
彼女が金髪2枚目の男の子に手を振る。  

はじめて見る男が近寄ってくる。

男:「もう。何してるの。今夜はクリスマスだ。待ちきれないから迎えに来たよ」
と言っているのが訳せた。

彼女は彼に肩を押されながら
「じゃあね。また今度…」
といなくなってしまった。。

公園内の温度がグッと低く冷たく冷え込んだ。

僕は帰り道に何となく理解した。
僕は彼女にとって、ただの音楽友達だったのだろう。
音楽友達で、日本語の練習も出来ちゃう一石二鳥の友達。。
そりゃさっきの彼と比べたら脚は短いし、顔はでかいし、筋肉だって負ける。
しかし悔しいじゃないか。
いままで浮かれていた自分が馬鹿らしかった。

現代に戻る。
2024年。今夜はクリスマスイブ。
今住んでいる場所から周波数を”AM1575”に合わせると電波は悪いが途切れ途切れに曲は聴けた。
ベッドに横になり、昔を思い浮かべて耳をすませてみた。あの頃は何に対しても夢中だった。音楽や英語に関して、それと女の子にも。結果は結果だったけど、楽しかった。
あの頃交換した曲がかかったら奇跡だったけど、
アシャンティ”Christmas Time again”がかかった。いい感じの雰囲気だ。 
クリスマスTime…アゲイン。。
あの頃の…クリスマスをもう一度。。
かぁ。

何だかほろ苦い。

お口直しにビールを一口飲んだ。

これまたほろ苦い。。

曲が終わりMCが入る。「フィフティー、セブンティー ファーイブ!時間は0時を回ったよ。皆さん!メリークリスマス!」

そうだ。過去のクリスマスはもう、音楽だけにしておこう。

ここからはクリスマス。
クリスマスTimeアゲインはここからだ。

僕の『クリスマスロマンス』

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集