記事一覧
快適なおうち 7 (マナベミユ)
第7回<マナベミユ>
これで大丈夫。
マナベミユは、カツラギユウトにメッセージを送信したあと、ふう、と大きくため息をついた。スマホを鞄に戻し、暗い玄関で、しばらく床に座って目を閉じていると、メッセージの着信を知らせるバイブの鈍い音が響いた。急いでスマホを取り出したが、届いていたのは、「満足度90%!」と銘打たれた基礎化粧品の広告で、マナベミユは舌打ちをしながらその画面を閉じ、自分がカツ
快適なおうち 6 (リカコ スーパーヘ)
第6回<リカコ>
植物園を出ると、公園にいた人々は嘘のようにほとんどいなくなっていた。きっと皆家に帰ったのだろう。リカコは駅に向かって歩いていく。私も帰らないといけない。帰るべき家がある。行きしなにとおり過ぎたベンチにはもう誰も座っていなかった。
地下鉄に乗り、自宅の最寄駅で降りると近所のスーパーに立ち寄った。トマトや胡瓜が安いので手に取ってカートの籠に入れる。これでサラダを作って、あとは
快適なおうち 5(ユウト 密会の果て)
第5回<ユウト>
ユウトは誰もいない公園のベンチにマナベミユと座り、マナベミユの生い立ちについて聞いていた。出身地のこと、両親が離婚して父親に引き取られたこと、その父親の転勤のせいでたびたび転校することになり苦労したこと、必死に勉強してなんとか大学受験に合格し、家を出てこの街で暮らし始めたこと、そして今の会社に入社したこと……。ユウトは常に彼女の話の聞き手となり、「そうなんだ」とか、「それは大
快適なおうち 4 (リカコの妄想)
第4回<リカコ>
バラ園には、予想どおり、赤、黄、ピンク、オレンジなど様々なバラが咲き乱れていた。
色だけでなくかたちもそれぞれ違った。毛糸玉のように薄い花びらをぴっちりと巻きつけたものもあれば、華やかに花弁を広げて存在感を示しているものもある。
花壇の間を、先ほどの婦人たちがゆっくりと歩いている。バラ園の隅にキャンバスを立て、絵筆を握る老人もいた。バラ園では、園の外よりも、とてもゆっくり
快適なおうち 3 (ユウト 密会)
第3回<ユウト>
ユウトが電話を掛けたとき、マナベミユは昼寝をしていたらしかった。いつもとは違う、気怠い甘えた声だった。
「寝てたの?」
「え、あ、はい、ちょっとだけ……」
マナベミユは照れた声で答えた。ユウトはリカコ以外の女と何気ない電話をしているということに少し昂揚していた。結婚してから、こうして女性と電話をすることは一切なかったので、どこか新鮮な気持ちだった。
「休み中に突然ごめんね。
快適なおうち 2 (リカコ 森のなかへ)
<リカコ>
リカコは森の中を進んでいたが、脛のあたりが痒くなり、立ち止まって見ると蚊に二、三箇所刺されたあとがあった。やっぱり虫除けもせずに来たのは無謀だった。脛に手を伸ばしたそのとき、鳴り響いていたモーター音が止んだ。瞬時にあたりは静寂に包まれ、鳥のさえずりだけがリカコの耳に響いてくる。リカコは半分屈んだ姿勢のまま、唐突に、今自分は森の中でひとりきりであることを自覚した。もしも今、誰かに襲