対談:サンリオピューロランドのウィッシュミーメルショーは現代思想・ニューアカブームのパロディか!?
昨年末、12月30日の朝に横浜中華街外れののドヤ街の安宿を出てダラダラと歩いていた僕(山直)と商業施設やテーマパークのオタクをやっている大学時代の後輩(WB)はリストバンド購入済みにもかかわらず、コミケ(1日目)に行かなくていいやと惰性で決断した。
特に理由はなく、ただ11時の開場までの暇つぶしで行った『ぼっち・ざ・ろっく!』の聖地巡礼に時間を費やし過ぎただけだ。
このためにわざわざ北海道の端っこから飛んできたというのに、無意味にサンリオピューロランドへ行くことにした。
しかし中央のメインショーのチケットを持たない僕らは、マイメロやシナモンロール(正確にはシナモロールというらしい)らが踊っているのに見惚れている客の後ろの隙間/通路を係員に止まらないでくださいとせっつかれながら足早に通り過ぎるしかなかった。
そうしてピューロランド館内をようやく一周したとき、WB(真名:馬場航/ババワタル)は岩壁を指で示した。
そう、そこは彼が愛好しているサンリオのコンテンツ、ウィッシュミー・メルのショー会場への入口である。
岩壁の下で多くの女性や家族連れとともに小一時間並んでから、僕たちはかつてレストランだったという大きな木を囲うようなウッディな空間でショーを観た。
それから地雷系ガールズやファミリーに混ざり他の展示を楽しみ、後ろ髪をを引かれる思いで多摩センターを後に、道玄坂の富士そばや池袋の「おにまい」(のサンリオコラボ)ポップアップストアへ寄った後に宮下公園前の日高屋に雪崩れ込んだ。
その際に別目的で録音した会話の中にウィッシュミーメルのchance for youに関するものがあったため、公開する。ただし内容については当時日高屋で提供されていたドラゴンハイボールなる、ただドギツいだけの紹興酒ソーダにやられていたため、多少の胡乱さやこじつけは許容していただきたい。
*山直……筆者。「やまだい」と読むのが正しいが別に「さんちょく」読みを妨げるわけではない。たまに自らを学生と勘違いした発言をする。
*WB……馬場航。商業施設とアミューズメント施設が好き。「陸の孤島・根」こと長野県駒ヶ根市在住。
山直 (コミケの話を踏まえつつ)……結局、コミケは70年代に始まり、ピューロランドも昭和末期にオープンしたわけで、「いちご新聞」なんかを踏まえると重厚な雑誌や大新聞よりもミニコミ的なものこそが文化の最先端を捉えている時代がこの頃だな。ところでピューロランドは…
WB 1990年開業だね、コンセプトの割に遅れた開業でしょ。
山直 そうか、あんな見た目で平成の産物なのか(笑) しかし、コンセプトは1980年代な訳でさ、これはつまり…
WB まさに、セゾン文化の時代。高度消費社会だな。ミニコミ誌が流行ってたっていうけど、世間的にはむしろ、ハコモノが流行ってたでしょ! ディズニーランドもこの頃だし。
山直 うん、確かにそうだ。でも、その高度消費社会を肯定するとされたポストモダンなニューアカブームがあってね、その頃に浅田彰って人の代表的な「シラケつつノリ、ノリつつシラケる」云々ってのが、『構造と力』(1983年・勁草書房)の冒頭にあってね、そのフレーズをウィッシュミーメルのchance for youの冒頭の設定説明を見た時に思い浮かべたんだ。
WB 確かさっき言ってたフランス出身のメルが…
山直 そう、シラケってのはメルちゃんのトレードマークである白い毛、白毛(しらけ)に通じるわけだ。そして本編前にこの白毛が…
WB 虹色に変わる!なるほど正しく「変態」しているんだねメルは。
山直 原義「変態」とクィアとしての変態をかけているんだな(笑) 事実、浅田彰もクィアリーディングを「変態研究」と呼ぶべきだと言ってるんでな〜
……そういや、メルちゃんのおフランス出身設定になんか意味あるんかな?元ネタっての?
WB 特にないかなぁ。さっき見たナレーションでも見たけどいろんな国の出身だし。
山直 色々つっても、チャイニーズタイペイやらノースコリアやらがチャンスのフォー先になることは無いわけだ(笑)
あ、ありがとうございます。
(注文した2人分のレモンサワーが届く)
WB んー、まぁアレだな。敢えてウィシュミーメルちゃん作品に実在国家が出てくるってのはつまり、ファンタジー世界ではないことを表現していてってことなんかもなぁ。あくまでメルちゃんはピューロランドの住人だから、ピューロランドは東京にあるから、当然キャラの生まれは実在の地名になるってことかな?
山直 そういうことか!オレとしちゃてっきり実在する国家を舞台に獣人なのか動物なのかよーわからんkawaiiキャラクターが人間を演じてるってシチュ(エーション)自体が東浩紀言うところの「動物化するポストモダン」を皮肉ってるんかなーって(笑)
WB さっき山直さんから聞いたけどジャック・デリダやらフーコーやらニューアカブーム期に参照された人らはみんなほぼフランス出身じゃん? メルがフランス出身で虹色、クィアの悩みを経て郵便屋になりたがってるのとか、モロ東の『存在論的、郵便的』(1998年・新潮社)を意識してんじゃね?(笑)
山直 異議なーし!……まぁ、あずまんの言う郵便的ってのは「誤配」されることを前提としているわけだから、文字通りの郵便屋さんが誤配しちゃ不祥事なんだけどな(笑)
WB でもウィッシュミーメルのchance for youの出発点はあくまでマイマイ=倉木麻衣の同じ名前の曲、chance for youが元ネタなんであって、そこで敢えてポストモダンネタを差し込むモチベがわからんな。
山直 そりゃチャンスフォーユー単体としちゃそう見えるのだけどさ、チャンスフォーユーがピューロランド限定のお芝居であって、つまりメルちゃん自体がピューロランドと繋がっていることを踏まえた方がいい。チャンスフォーユーの後に見たマイメロ歌舞伎(『KAWAII KABUKI ハローキティ一座の桃太郎』のこと)じゃニューアカブームの少し後に大塚英志が"発見"した「かわいい」とニューアカ期に広まった21世紀には日本文化が国際基準となる、式の與那覇潤の『平成史』(2021年・文藝春秋)にもある"ポストモダン右派"的なものの俗っぽい結託がそこにある訳でな。
WB ピューロランドは第二種商業施設として、かつ多摩市内にある学習施設として、そういう思想的なコンセプトを付加価値として売出す必然性みたいなのがあったわけでさ、80年代の日米貿易摩擦下での中曽根内閣による内需拡大路線とかもそこにあるワケじゃん? 世間ではこの時期の日本はまだバブル前夜でハコモノやリゾートを作ってた訳で、事実87年にはリゾート法(総合保養地域整備法)が施行されているけど、単純に土建屋に便宜を図るためにハコモノ作らせてたってイメージが先行してさ、民主党政権下で予算が削られるわけでさ。そこからはやれ「木の温もり」だの「自然との調和」だのふざけたワーディングによる画一的なショボい建物ばっかでさ、第二次安倍内閣以降に国土強靭化っていって土木予算は増えたけど、あくまで東日本大震災を受けたインフラ整備の需要に応えるものであって、80年代に見られた付加価値を提供するための、サービス業の前景化、重厚長大型産業から軽薄短小型産業への過渡期ならではのコンセプチュアルなハコモノの時代こそが優れているんだな。
山直 今の時代、ハコモノってのはただデカいばかりで、ムダなものと思われがちよな。そこにあるのはとにかくムダを削って薄く軽く……。そういやメルちゃん達の住むメルシーヒルズってのも命名自体がなかなかバブリーなニュータウンじみているというか(笑)
WB フランス語と英語のちゃんぽんだなー。フランス語といえば「メル」はmer=海を意味していてさ、じゃあ母って意味のフランス語もmèreなわけだな。これは
山直 男性性の獲得を基調とする近代を超克したKAWAIIが正義の包摂的な海≒母の時代、ポストモダンを象徴している! 『母性のディストピア』かもしれねぇな〜。……メルが海ってなると、郵便を配達することにも意味が出てくる。つまりボトルメッセージってなわけで、これは中々筋が通っている。ただ、環境問題のやかましい当世にボトルメッセージってのは中々思いつかないわけで、これがちょっと古い感性というか、敢えて誤配を望むというか……(スマホを見つつ)メルちゃんはは産学協同らしい。「民青立命」に相応しい1968年の革命に対する否認ぶりをだね…
WB (メルが)2010年にデビューしたことを踏まえるべきだな。
山直 2010年といえばもはやニューアカは遠く昔、日本社会の保守化っぽいのも進み……
WB ウィッシュミーメルがニューアカブームの単なるパロディ・ベタな伝達役なワケがない。
山直 各々に割り振られた地道な職を通じた自己回復というのは家職制を彷彿とさせないこともない……つまり、2019年からのウィシュミーメルのchance for you は「ポストモダン」やニューアカブームの結果として生まれた日本回帰の風潮とともにあったピューロランドの歴史をなぞりつつ自己言及しているんだな。
WB この作品はピューロランド限定だからこそ、この場にこだわった作品づくりをしたんだな。
山直 メルちゃんよ、終わりなき日常を生きろ!