男を落とす「さしすせそ」を使わない恋愛のカタチ
天使「はるかさん、はるかさん、あなたはどうして恋が始まらないんですか?」
はるか「それはねぇ、始めようとしていないからだよ」
そう、これが恋が始まらない最大の理由である。
さらに、いざ来たるその時のためにと、備えすぎた恋愛コラムの知識が邪魔をして、いざその時が来ても、ここで「手大きいですね!」などと言ったら、そのフラグだと思われてしまうのではないか?とか、自分が傷つくのが嫌なので、相手から別の女性の話題が出たら、瞬時に女友達としての立場に切り替える能力とか、もうそういったものが身に付きすぎてしまったのだ。
いよいよ、そんなことをするのもめんどくさくなってきて、ここ最近は、はじめから「女じゃないよ。ただの人間だよ」というスタンスを貫きつつあるけれど。
数多くの恋愛コラムや、恋愛雑誌を読みあさった結果、その手の知識や技術は、相当身についているのではないかと自負している。
しかし、それを私という人間が、上手く使いこなせるかどうかは、全くの別問題だ。
恋愛コラムの情報を鵜呑みにしていた時期もあるけれど‥
はじめこそ上手くいったが、時間が経つにつれて、素の自分と第一印象の自分との間にギャップが生まれ、私自身がついていけなくなった。
ボディータッチやら、相手の気分を良くさせる「さしすせそ」やら、いろいろあることは知っているけれど、それらのテクニックを駆使する恋愛は自分には合わなかった。
恋愛に興味がないわけじゃないし、むしろ、めちゃくちゃ興味はあるんだけれども(笑)
それ以上に自分が傷つきたくないという気持ちが大きいのだと、この文章を書きながら気づいた。
なんか「私この人のこと好きだなぁ」と思っていても、その人が別の女性と仲良くしているのを見ると、すぐに気持ちが冷めてしまうというか、冷めるというよりも「私は一つ大人になって、応援する立ち位置にいるべきなんだ」という頭の切り替えが、自分の当たり前になってしまっている。
というのも、私はいわゆるオーソドックスな恋愛テクニックを駆使することができないので、自分の好きな人が、別の女性と普通の友達付き合いをしていたとしても、それは自分にとっての精一杯のコミュニケーション以上に距離が近く見えるから、そういった姿を見たり、想像したりするだけで、心なしか切なくなる。
だから、自分をおそらくヤキモキさせるであろう“恋”というものを、そう簡単に始めようという気持ちにはならないのだ。
恋愛コラムに頼らない私らしい恋愛のカタチとは?
恋愛コラムや、王道の女性誌の中で取り上げられる“恋する乙女像”が人々の頭の中にあるせいか、私の好きな人の前での態度というのは、その枠に当てはめると「全く好意のない人の行動」になってしまうのだけれど、恋愛コラムの教え通りに行動して、失敗したからこそ、次は私らしい恋愛を、私らしくしたいと思っている。
着る服は私の着たいものを。
思ってもいないことは言わない。
無理に表情を作らない。
気が進まないことは断る。
自分のしたいと思った時にLINEする。
ほんの少しのわがままも必要。
無理に恋を始めようとは思わない。
だけど、私が私らしくいるのを好きだと言ってくれる人がいたならば、精一杯向き合いたいと思う今日この頃です。
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