私だけのサンタクロース
毎年クリスマスツリーの下にプレゼントを運んでくれているのがサンタクロースではない、と気づいたのはいつだっただろう。
サンタが来るのは、決まって12月24日の夜だった。11月の終わり頃からクリスマスツリーの準備を始めて、小さな赤いブーツに手紙を入れ、上の方に目立つように飾っておく。そうすると、手紙に書いた「欲しいもの」が、必ず24日の夜に届く。まるで魔法みたいだった。
世界中の子供たちが好きなものをリクエストしているだろうに、埼玉のこんなところまで来てくれるなんて、サンタさんも大変だな。実は何人もいるのかな。そもそも、この手紙をどうやって読んでいるんだろう。いい子にしていないと来ないなんて言われるけれど、通信簿みたいなものを外国人のサンタクロースが読んだとして、理解できるのかな。小さな頭にぽつぽつと浮かぶ数々の疑問はずっと謎のままだったけれど、私はサンタクロースは絶対にいる、と信じていた。
一度だけ、サンタクロースを見たことがある。幼稚園の年中さんぐらいの頃。玄関から去る後ろ姿の赤い帽子を、ちらっとではあるが、でも確かに見たのだ。
「玄関でサンタの帽子を見た! サンタさんは本当に家に来てるんだよ!」と興奮気味に家族に話したのを覚えている。2つ歳上の兄には呆れ顔で「どうせ寝ぼけてたんだろ。サンタなんて家には来ないよ」と言われ、案の定喧嘩になった。でも、そんなことどうでもいい。私はサンタクロースを見たんだから!
その年、初めてプレゼントが3つ届いた。毎年、私と兄にそれぞれ1つずつだったのに、これは一体何だろう。疑問に思いながら包みを開けると、当時欲しかったゲームボーイが入っていた。それ以上に驚いたのは、なんとサンタクロースから手紙が入っていたことだ。
「サンタクロースから お兄ちゃんとりりちゃんへ」サンタクロースは、日本語で手紙が書けるんだ!しかも、名前まで知ってくれているなんて。母親に読み聞かせてもらったので全部の内容は覚えていないけれど、このゲームボーイは2人が仲良く使えるように、お母さんに預けます。来年も1年、勉強や遊びをしっかり頑張るように、と書かれていた。署名のサインまでついていたこともあり、私はすっかりサンタクロースの虜になってしまった。
大人になった11月のある日、私はとあるおもちゃチェーン店の入口にいた。土曜の13時過ぎ頃、周りはファミリーでいっぱいだった。クリスマス用の装飾やツリーがずらりと並び、ゲームやキャラクターグッズ、海外のおもちゃまで、それはそれは子供たちにとって夢のような世界が広がっていた。子供もいない私が1人でこんなところにいるのは明らかに場違いだろうけれど、今日は目的がある。それは、最近の子供たちの好きなものを探ること、だ。
当時担当していた企画を検討するにあたり、今の子供たちがどんなキャラクターが好きで、一番欲しいものは何なのか。ネットでリサーチしたり、母になった友人にインタビューもしたけれど、もう少しサンプルが欲しい。そう思って足を運んだのが、クリスマス前のおもちゃ屋だった、というわけだ。
都内の大型店は、取り扱っている品数が多い。ジャンルごとに棚が分かれており、子供たちの目線からも見やすいようレイアウトも工夫されているのがわかる。ぬいぐるみや日用品などのキャラクターグッズ、有名な作品のアニメグッズ、箱に入った組み立て式のおもちゃ。昔はリカちゃんやセーラームーンの着せ替えグッズがたくさん並んでいたけれど、今そういうものはあまり多くないようだ。女の子たちも、男の子たちも、ゲームコーナーにたくさん群がっていた。ゲームボーイで喜んでいた私とは違い、今はもうゲームソフトをダウンロードできる時代だ。カードだけ購入すれば良いのだから、かさばることもなく親たちの整理も楽だろう。ファミコンの裏の埃をフーフーしながら調整する時代ではなくなったんだな。当たり前の時代の変化を、ゲーム売り場の熱気から感じていた。
ふと、お店の外に並んだベンチを見ると、ひとりの男の子がぽつんと座っていた。11月なのに、青いTシャツと黒のハーフパンツ。小学2年生くらいだろうか。嬉しそうに大声ではしゃぐ周りの子たちとは対照的で、どこか気乗りしない様子。私がしばらくじっと見ていると、視線に気づいたようで、少し気まずくなった。すると、その子が私に向かって、ちょいちょい、と小さく手招きしたのだ。どうしたんだろう、迷子かな、と思って近づいてみた。
「ぼく、どうしたの? 迷子になっちゃった?」
「ううん。お母さんは、妹2人を連れておもちゃ見てくるって」
「一緒に行かなくていいの?」
「僕はもう、いいの。兄ちゃんだから」
子供が拗ねているようなものではなく、心の底からそう思っているという言い方だった。口調もとても大人びていて、見た目とのギャップが少しちぐはぐだ。
「どれくらいここで待つの?」
「うーん。妹たちはゆうじゅうふだんだから、30分はかかるんじゃないかなあ」
2つの大きな瞳がくるりと私の方を見た。
「お姉さん、ちょっとお話をしても、いい?」
まさかそんなことを言われるなんて思っていなかった。迷子だったら店員さんに伝えて呼び出してもらおうと思ったくらいだったのに。でも、ちょうど店内も混み始め、私は直接この子から色々聞けるかもしれない、とも思った。
「私でよければ、いいよ。お母さんたちが戻ってくるまでね」
「うん。ありがとう!」
さっきまでとは違うテンションで嬉しそうに言うものだから、こっちもこの子を楽しませてあげようと少し意気込んでしまう。
話を聞くと、この子の名前はショウタくん。小学3年生。2つ下の妹と、4つ下の妹の3人兄弟で、今日は母親と4人で来たらしい。
「お姉さんはさぁ、サンタクロースって、知ってる?」
「もちろん、知ってるよ。ショウタくんのところにも来る?」
「うん。会ったことはないけどね……」
どこかしょんぼりした様子で下を向くショウタくんに、私が昔みたサンタクロースの帽子と、手紙の話をした。当時のことを思い出しながらで、少し聞きづらいところもあったはずなのに、うんうん、それで?と目を輝かせながら聞いてくれた。
「お姉さんの近くにいたサンタクロースは、すごく優しかったんだね!」
ふと、思った。この子は、サンタの本当の姿を、もしかしたら知っているのかもしれない、と。
「ショウタくんは、今ほしいもの、何かある?」
「ほしいものは、ないかなあ。妹たちに、新しい文房具とかぬいぐるみがあるといいなあとは思うけど……」
「自分よりも妹たちのものがほしいなんて、すごいね。好きなアニメとか、ゲームはある?」
「ポケモンが好き。カードも、ゲームも持ってるんだ。だからもう、あまり欲しいものがないの」
自分が小学生だった頃、おもちゃもゲームも、毎年新しいものが発売されて、その度に欲しくなっていたものだ。この子は、やっぱりちょっと大人びているのか、それとも何かを我慢しているのだろうか。
「お姉さんが僕くらいの時、サンタさんに何を頼んでた?」
「うーん、かわいい文房具とか、あと、そうだ。たまごっちとか頼んでたよ。たまごっちって、知ってる?」
「知ってる。なんか、ペットを育てるみたいなゲームでしょう」
「そうそう。お姉さんが小さかったころ、まだ発売されたばっかりだったの。並んでも買えなくて、サンタさんに頼んだんだよ」
「やっぱり、お姉さんのサンタクロースはすごく優しかったんだねえ」
お姉さんのサンタクロース、という表現。この子は、私のサンタクロースと自分のサンタクロースを、はっきり区別しているのだ。まるでそれが、自分専用のサンタクロースであるというかのように。
「サンタさんに頼むものがなかったら、お姉さんはどうする?」
思い出したことがある。小学生になってから、一度だけあった。頼むものがなくなったことが。というより、欲しいものを頼むことが、なんだか申し訳ないような、ちょっと恥ずかしい気持ちになったことがあったのだ。本当のサンタクロースの存在に気づき始めた頃だ。
「私もね、小学生の頃、ショウタくんみたいな気持ちになったこと、あるよ。その時だけね、サンタさんに手紙を書かなかったんだ」
「でも、それだとサンタさんは欲しいものがわからない、よね?」
「そうだね」
「どうやって頼んだの?」
「おじいちゃんに、頼んだの。当時、すごく好きだった本を全部集めたくて。その本のシリーズが全部欲しいから、サンタさんに伝えてほしいって」
ショウタくんは少し首をかしげながら、私に質問をした。
「そうしたら、プレゼントはどうなったの?」
「ちゃんと、いつも通りクリスマスツリーの下に置いてあったよ。でもね、それだけじゃなくて。頼んでなかった他のシリーズの欲しかった本も、入ってたの」
「すごい! サンタクロースは、願いを叶えてくれるだけじゃないんだ!」
「うん。本当にすごいよね」
もしかしたら、ショウタくんも、気づき始めてはいるのかもしれない。でも、きらきらした瞳の中には、純粋な別の気持ちも見え隠れしているような気がする。
「今年は、僕も本を頼んでみようかな」
「欲しい本、あるの?」
「うん。虫とか動物が好きなんだ。家にある図鑑はもう読み終わっちゃったから、新しいのが欲しいなって」
「いいじゃん! 欲しいもの、見つかったね」
「うん。おもちゃじゃなくて本を頼むなんて、思いつかなかったや」
「ショウタくんはいい子だから、今年もきっと来てくれるね、サンタさん」
なぜか急に、ショウタくんが黙り込んでしまった。何か、気に障ることを言ってしまっただろうか。心配して顔を覗き込むと、もぞもぞ、と何か言いたげにしている様子だった。
「どうしたの?」
「あの、さ……お姉さんに聞いていいかわからないんだけど」
「うん? なにかあった?」
「えっと、サンタクロースって、本当にいるんだよね……?」
どんな質問をされるだろうと一瞬身構えてしまったけれど、この質問なら。私は胸を張って答えられる。
「サンタさんは、いるよ! 言ったでしょ、お姉さん、ちゃんとこの目で見たんだから」
ショウタくんは、少し照れ臭そうに頭をかいて微笑んでいた。
「それにね、サンタさんはちゃんとショウタくんのこと見てくれているからね。お兄ちゃんだからってあまり我慢しないで、ちゃんとお願いするんだよ?」
「うん……!」
今日見た中で、いちばんの笑顔だった。もしかしたら、手紙をかかなかったあの頃の私と、同じように揺らいでいたのかもしれない。サンタクロースは、本当はいないのではないか。子供の頃からずっと信じてきたものが、実は嘘だったのか。でも、心のどこかでは、それでも信じたいと思っているのだ。
ショウタくんの元へ、お母さんと妹たちが帰ってきた。お母さんは私にぺこぺこと頭を下げながら、ショウタがお世話になってすみません、と何度もお礼を言ってくれた。
「私の方こそ、ショウタくんにたくさん話し相手になってもらいました」
「お姉さん、ありがとう。すごく楽しかったよ」
「こちらこそ。クリスマスのお願い、ちゃんとするんだよ」
「うん!」
嬉しそうに、お母さんに「今年サンタさんに頼みたいものが決まったんだ」と報告している様子をみて、どこかほっとしている自分がいた。
ショウタくんは、もういちど「お姉さんありがとう!」と言うと、大きく手をぶんぶん振りながら、妹たちと手を繋いで嬉しそうに帰っていた。
サンタクロースは本当にいるのか、それともいないのか。大人になったショウタくんは、あの時の私の答えをどう思うだろう。
私は大人になった今でも、サンタクロースを信じている。赤い帽子を被り、日本語で手紙も書ける、私のことをよくわかってくれているサンタクロース。何歳の時からか、プレゼントが届くことはなくなってしまったけれど、それはきっと、優先順位が変わっただけ。他の小さな子たちからのお願いがきっと忙しいのだろう。私が日々頑張って過ごしていることを、きっとサンタは知ってくれている。
もしかしたら、またいつか。日々頑張って、周りの人に優しく"いい子"に過ごしていれば、プレゼントが届くことがあるかもしれない。
そして、サンタからもらったたくさんの幸せやワクワクを、今度は私たちが誰かに届けていくんだろう。
もしかしたら、その時に初めて分かるのかもしれない。あの時見た、赤い帽子の正体が。