聴くバッハ、そして観るバッハ(フーガの視覚化)
鍵盤奏者、大塚直哉さんのレクチャーコンサート(2021年7月11日)に、映像作家としてゲスト出演した記録です。
このレクチャーコンサートシリーズはバッハの「平均律クラヴィーア曲集」をとりあげ、大塚さんのレクチャーを交えながらポジティフオルガンとチェンバロという2種の古楽器で聴き比べるという企画です。
「平均律」はハ長調、ハ短調、嬰ハ長調、嬰ハ短調...と12の長短調すべてをたどる24曲(その全ては前奏曲とフーガの組み合わせなので48曲)ですが、そのセットは2巻存在し長大なため、それを分割してコンサートシリーズで演奏していくということです。
出演した第6回目は「平均律」第2巻より第13番~第18番をとりあげ、「聴くバッハ、そして観るバッハ」と題し視覚から捉えたい、ということで呼んでいただきました。(名曲アルバムプラス「14のカノン」で演奏していただいたご縁もありました)
トーク
トークのコーナーではバッハの自筆譜についてのお話でした。下方へ収束するかのような「平均律」表紙(下図)、踊るように曲線的な楽譜、マタイ受難曲の十字架に見える記譜など。
また、バッハの影響が考えられる絵画としてパウル・クレーやM.C.エッシャーについて話しました。反復性や多層性、稠密性といった共通点について。
演奏×VJ
メインである映像とのコラボレーションは「第2巻第14番、嬰ヘ短調(fis-moll=フィスモール)」のフーガ、オルガン演奏とともに。どのように映像をあてたか、の前に、この曲について。(聞きながら読むとわかりやすいです。)
まず、フーガとは「遁走曲」とも訳され、主題(テーマ)となる旋律が高さを変えながら追いかけてくる形式のことを指します。
このfis-mollのフーガでは、その追いかけてくるテーマが3種類もあります。第1テーマから第3テーマまでは順々に現れますが、楽曲の後半においてその3つが合体するという構成になっています。
これは第1テーマから第3テーマまでの音のかたち。
こちらは冒頭、第1テーマが追いかけてくる様子。高さは違えど、同じ音の形ということがわかると思います。
第2テーマ。(1:42〜)
短く跳ねて下降する音形です。短い中に7つ入っている。
第3テーマ。(3:10〜)
同じリズムで階段を降りていくような下降フレーズです。
曲の最後、3つの主題が合体する部分。(5:09〜、5:38〜)
以上の譜面は楽曲を3声に分けて分析したもの(マルセル・ビッチの分析譜)なのでわかりやすくなっていますが、本来は(当然、2本の腕で演奏されるため)このような感じに入り混じっています。上図と下図は同じ譜面です。
問題は楽譜上だけではなく、聴覚上も入り混じってしまうこと。どのように構成されているか、聴き取りだけでは理解しにくいです。映像は、この聴き取りを補助するものとして制作し、VJ機材を使って、主題が現れるたびにそのパーツを演奏のタイミングにあわせて出す、ということを行いました。
第1主題。相似形が回転している。ゆらゆらしている部分は、trで表されるトリルです。
第2主題。跳ねるかたちが、追いかけ合う。付点のついた音符が(大塚さんの演奏では)トリルしています。各パーツはバラバラの映像素材で、譜面を見ながらそれぞれ再生をかけています。
第3主題。長い下降。ウロボロス的に尾を狙っていく。
そして合体へ。3つとも下へ向かう音形をしています。
バッハの構成の美しさや緻密さ、クレイジーさを感じられた、など感想をいただきました。
アンコール
クラシックは楽譜に忠実なイメージがありますが、バッハは即興の名手でもあったとのこと。最後は映像にあわせて大塚さんが即興演奏をするというコラボレーションを。階段を光が降りる映像にあわせた、下降の音形の繰り返しを基本としました。その上に重ねる映像を4小節ごと変え、その光が駆け登ったり、沢山現れたり、突然減ったりの変化にあわせて大塚さんが自在に即興されていました。会場はなかなか沸いていたようです。
アンケートでは小学生から高齢の方まで幅広い層の方の感想をいただきました。
最後に
個人的な探求として、パッヘルベルのカノン(同度カノン)→バッハ/14のカノン(逆行、反行カノンなど)と続いたあと、より複雑なフーガにチャレンジする機会をいただけてありがたかったです。短調で螺旋状に下降するfis-mollのフーガは、このコロナの状況下、外よりも内へ向かう意識と共鳴する曲だな、と思いながら映像を作っていました。
しかし、生演奏/VJというのは音源/映像コンテンツと異なり、終わってしまうと残るものがない!という当たり前なことに気づき、以上記した次第です。いつか再演、または映像を発表できたらと思います。