谷口ジローとテッドチャンの時間SF
谷口ジロー出版記念イベントでの
竹中直人、久住昌之のお二方によるトーク記事
https://magazine.manba.co.jp/2019/02/11/special-taniguchijirotalkevent/
に感じ入って、竹中氏が映画化したいという漫画
「遥かな町へ」を買って読んだらとてもよかった。
48歳の妻子ある男性が14歳の自分にタイムスリップし、オジサンの頭脳のまま中学生生活を送る。大人のまま中学生になると、高嶺の花の女子や大人の女性とも落ち着いて喋れたり、スポーツや勉強も楽しめるのでうまくいき、不良とも戦える、と男子の夢に溢れている。
そこは谷口ジロー独自の描写にリアリティがあって楽しいが、主題は「その年に起こった父の"謎の失踪"を止めようと真相をさぐる」という点。内容にふれてしまうと、結果的に失踪したという過去は変えられない。
この「過去を変えられないタイムトラベル」という手法と内容が、この本の前に読んだSF小説家テッド・チャンの「商人と錬金術士の門」に偶然、似通っていた。(時間SF傑作短編集「ここがウィネトカなら君はジュディ」収録)
こちらの作品では「千夜一夜物語」の形式をかりて語り手が王にタイムトラベルの体験談を話していく。ある店に入った語り手は店の主である錬金術師がつくった「時間の門」をくぐり、亡くなった妻に会いに行く。彼は昔、妻と喧嘩したまま出張に出て、その間に妻が事故死してしまい死に目に会えなかった、という後悔を抱いている。
どちらの作品も過去にさかのぼるが、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のように過去を変えることで現在を修正することはできない。
後者では時間の門を作った錬金術士が「未来も過去も変えることは出来ない」「ただし、より深く理解することは出来る」と言う。その言葉通り、妻の死は変えられないが「理解」することで彼は救われる。
「遥かな町へ」も少年に戻って未だ心にひっかかっている「過去への理解を試みる」というところが共通している。
この作品(1998年)の四年前に描かれた「父の暦」も幼い頃に離婚していなくなった父親の足跡を、父の死後にたどるという話だ。
谷口氏は何らかのかたちで実際に起こった「父の不在」を様々に解釈して、理解を求めてこれらの話を作ったのかもしれない。