映画 PARFECT DAYS 何もないようでいて、そこにある
初老の男が畳の狭い部屋でごろりと転がって文庫を開く。デートへ向かう道すがらか帰り道、新宿武蔵野館前でちょっとくたびれた役所広司のポスターが目に留まってこの映画を知った。後日検索するとヴィム・ベンダース監督が撮っているという。映画にそれほど明るくないわたしのような者でもよく知っている人だ。
翌週の平日、映画館へ車を走らせた。予告を観てなんとなく車で大きな橋を渡って出掛けたほうがいいような気がしたのだ。
主人公の平山は都内の公衆トイレの清掃業を生業としている。下町の、古びた2間のアパート。朝早く窓の下で近隣の女性が外を箒で掃除する音が目覚まし代わりだ。すぐに薄い布団を手早く畳み、布団を部屋の隅に寄せ、少し開いた窓を見る。昨日寝る前に読んで傍らに置いた文庫を棚に戻す。階下の台所で手慣れた手つきで髭を整え、歯を磨き、霧吹きを片手に二階へ。湯呑の底をくり抜いた鉢に入れたたくさんの植木に霧吹きをかける。ちょっと葉をつん、と弾いて微笑む。いつものように身支度を整えて、玄関先で空を見上げてまた微笑み、朝食がわりの甘い缶コーヒーを自販機で買って、紺色の軽トラックで仕事場へ向かう。もうずっと聴いているカセットをおもむろにプレイヤーに入れ、車を走らせ、同じあたりで再生する。
現代で言うところのモーニング・ルーティーンなのだろうが、平山のそれはもっと儀式的にも感じるし、そうでもない気もする。
特に目立ったアクションだとか激しい感情の揺れだとかはない。喧嘩もしないし大恋愛も、穏やかな街を突然変異したウイルスが襲ってきたりもないし、マフィアが誤って山中に落としたコカインを食べた熊が暴れたり、誰かが死んだり殺されたりもない。観る人によってはつまらない映画と思うのかもしれない。
平山を取り巻く環境に小さな出来事は少しずつ起こるが具体的な背景は詳らかにされず、観客が察していく映画。平山がトイレの清掃業に就く前の雰囲気も途中からなんとなく、なんとなく感じるがはっきりはしない。
登場人物の台詞もみんなどこか言葉足らずだけれど、温かさみたいなものは感じる。こういう小さな機微のやりとりがある作品が好きだ。
劇中は平山が車の中で聴くカセットテープの楽曲しか流れない。
平山の生活は質素で清貧だがそこここに彼の美意識が漂っており、不憫な感じがなく逆に豊かにさえ思えてくる。平山が仕事中毎日昼休みに1枚だけ、フィルムカメラでファインダーを覗かずに撮るモノクロの木漏れ日。1枚だけ撮って現像すると駄目なら捨てて良いものだけ残す。
仕事中ちょっとした待ち時間に壁に揺れる木漏れ日が平山はすきみたいだ。わたしも同じことをふとした時にしているな、と嬉しくなる。そんな小さな”すき”がこころに積もるような映画、ぜひ映画館で見てもらいたい1本です。
CINE madori 渋谷区のトイレを清掃する男が暮らす
スカイツリーが見える下町のアパート
PERFECT DAYS - Official Trailer
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