【美術ブックリスト】 『聖母の晩年―中世・ルネサンス期イタリアにおける図像の系譜―』桑原夏子著
【概要】
聖母マリアについて、聖書には、彼女がどのように生を終えたかについての記述がない。その一方で外典や伝承などにもとづき晩年伝の多様な図像が生み出されてきた。本書は地中海圏の聖堂壁画からジョットらの作品までを跡づけ、聖母の美術史をよみがえらせる。圧巻の研究成果。
【感想】
聖母マリアが登場する絵画といえば、「受胎告知」の場面と「被昇天」の場面が有名。本書は、マリアの晩年を描いた作例を追う一方、なぜそうした図像があるにもかかわらず「被昇天」へとイメージが固定していったのかという疑問を解いていく。
フィレンツェでの研究をまとめた大部で分厚い一冊。註も充実している。研究書としては記述が平易で読みやすい。自身をイタリア美術史という大海に漕ぎ出した小舟に喩えた「あとがき」には、研究の素朴な動機が描かれている。
名古屋大学出版会◉刊 A5判 904ページ 15000円
序 章
はじめに
1 本書のアプローチと構成
2 聖母の晩年についての関心の芽生え
第Ⅰ部 図像の生成と地中海圏
—— 5世紀から13世紀まで
第1章 聖母の晩年にまつわる最初期の作例群
1 イコノクラスム以前の作例
2 イコノクラスム以後 ——「キミシス」の登場と普及
3 イコノクラスム前後の「聖母のお眠り」図像
4 現存最古の聖母晩年伝壁画 —— ローマ、フォルトゥーナ・ヴィリーレ神殿
結 び
第2章 聖母晩年伝表象に対する躊躇と欲求
1 西欧中世における聖母の晩年に関する議論
2 西欧中世における聖母の晩年にまつわる図像の登場
3 聖母の晩年の物語のシークエンス化
4 東と西の間で —— ムッジャ・ヴェッキアの聖母晩年伝
結 び
第3章 13世紀末イタリアにおける聖母晩年伝の開花
1 13世紀イタリア社会の経糸と緯糸
2 意味内容のアップデート
——ローマ、サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ聖堂
3 フランシスコ会と聖地への憧憬
—— ローマ、サンタ・マリア・マッジョーレ聖堂
4 新たな聖母晩年伝図を目指して —— アッシジ、サン・フランチェスコ聖堂
5 聖母の都市とカンパニリズモ —— シエナ、大聖堂ステンドグラス
6 悼みと希望 —— ミラノ、サンタ・マリア・ロッサ聖堂
結 び
第Ⅱ部 ドゥッチョとジョットによる刷新
—— 14世紀前半を中心に
第4章 シエナ
—— ドゥッチョの《マエスタ》と、聖母による都市とコンタードの連帯
1 ドゥッチョの《マエスタ》
2 シエナとそのコンタードにおける聖母マリア表象の展開
3 聖母マリアのマントの下で
結 び
第5章 ジョットの衝撃
1 南イタリアの事例 —— ビザンツ圏との図像の往還
2 北イタリアの事例 —— ジョッテスキによる模倣と創造
3 中部イタリアの事例 —— ジョットの図像の波及力
結 び
第Ⅲ部 図像と機能の樹形図
—— 14世紀後半から15世紀まで
第6章 震源地ローマ
—— 失われた聖母晩年伝作例の存在とその図像の伝播
1 モンツァの祭壇用衝立とウンブリア地方作例群
2 マッテオ・ジョヴァンネッティによるヴァチカン宮殿装飾事業
3 ラクイラ近郊フォッサ、サンタ・マリア・アド・クリプタス聖堂
結 び
第7章 聖なる空間と政治的空間における機能
——ローマの聖母晩年伝との関連性
1 フランシスコ会の瞑想と理論武装
—— ピサ、サン・フランチェスコ聖堂サルディ礼拝堂
2 図像の転生 —— シエナ、シニョーレたちの礼拝堂
3 政治的メッセージと宗教実践のハイブリッド
—— グッビオ、サン・フランチェスコ聖堂
4 万華鏡の中の万華鏡 —— フォリーニョ、パラッツォ・トリンチ内礼拝堂
結 び
終 章
1 古代末期から中世、そしてルネサンスへ —— 本書のまとめ
2 傍らの聖母 —— 天から地上に降りてきたルネサンス期の聖母
3 天にあげられる聖母 —— ルネサンスから現代へ、地上から天上の存在となった聖母
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