【美術ブックリスト】『アートコレクター入門: 銀座老舗画廊の主人と学ぶ特別教室』田中千秋著
【概要】
著者は銀座の画廊・秋華洞のオーナー。
画廊で月一回開催される「アート講座」8回分という架空の対話型講義が設定され、その参加者の一人でレストラン経営者の栗田という人物の立場から見聞きしたストーリーということになっている。
講義ではアートとは何か、芸術と美の関係とは、書とは何かといった概念から、宗教との関わり、値づけ、税金についてなど、あらゆる角度で解説。アートが投資になるか、ビジネスにどう役立てるかといった今日的な話題にも言及しつつ、アートとは人生を楽しむものであり、その意味でビジネスと通底するという。
最終課題として参加者が実際に街に出て作品を一点購入。その発表をもって講義は完結する。
ここまでが概要。
【感想】
アートってなんだろう? どうしてあんなに値段が高いんだろう? どこで買えばいいんだろう? オークションってどんなところ? 現代アートのどこがいいのか? といった素朴な疑問に答えながら、世界のアートシーンや画廊業界のルールなど共通認識を知ることができる。面白いのは、著者の分身である画廊主とその画廊名だけは仮名にしてあるのに、登場するオークション会社や名物画廊オーナーたちは実名で登場すること。読者に業界を知ってもらおうという意図からだろう。正直であり遠慮がないともいえる。
なぜ草間彌生作品が高騰したのかを探る4限目の「評価される人の六要素」に、「テキスト」と「ストーリー」が入っていることは卓見。評論家不在の現代では、テキストの提供とストーリーの記録の役割を、雑誌が担えるのではないかというのが私の意見である。
感心したのは3点。
1つはアートを「ビジネスで勝つための教養」や「投資」として推奨することなく、より本質的な人生の学びとして語ること。
またアートとは頭で理解したり、目を鍛えて見るものではなく、画廊やアートフェアといったアートの現場に足を運んで体験することでしか分からないことを明確に主張していること。
最後にアートコレクションがうまくいくかどうかは、出会う「人」に左右されると説いていること。「たった一人の案内人」を見つけることが美術の世界を広げることになる。本書自体、著者が日本全国の画廊や百貨店、海外フェアなどに足を運んで現場で見聞きした見聞や実際に出会った人々との交流から得られた知見がもとになっている。
入門書であり、美術史であり、文化論であり、税制についてや投資についてなどさまざまな角度からアートを語るけども、決して啓蒙的ではなく、むしろ著者個人の体験と見解を明快に伝えるところに清々しさがある。さらにストーリー部分は原田マハの美術小説風。さりげなく秋華洞の取扱作家が登場してあって上手な宣伝にもなっている。『月刊美術』も一回登場する。とにかく内容は盛りだくさんで練られている。
またコレクションの秘訣は、裏返すとアーティストとしての成功の秘訣でもあるので、実は美大生やアーティスト志願者にとっても有益な事柄がたくさんある。買って読むことを薦める。
384ページ 3300円+税 四六判 平凡社
■目次
登場人物紹介
1限目 アートの最新事情 世界の大きな流れを摑もう
2限目 アートと“美”
3限目 文字のアート 「書」について考える
4限目 アートの値段 どのように決まっているのか?
5限目 アートと税金
6限目 アートとジャンル どんなものを集めればいい?
7限目 アートの買い方 どこで見て、どこで買うのか?
8限目 「アート」を買うということ なぜ人間はアートを買うのか?
エピローグ
あとがきに代えて