【美術ブックリスト】『アノニム』原田 マハ
元美術館学芸員であり、美術とくに印象派以降の名画や有名画家にまつわる物語を得意とする原田マハの小説。
戦後アメリカ美術作家のジャクソン・ポロックの幻の傑作が香港でオークションにかけられることになった。日本円で100億円以上と見込まれる作品をめぐって、その落札とは別に、アノニムと呼ばれる集団が立てた計画をえがく。民主化をもとめるデモへと身を投じる高校生たちとアーティスト志望の一高校生も絡んで、その計画は実行される。
ここまでが概要。
ここからが感想。
「アートで世界を変える」という若者の夢、一部の資本家のマネーゲームの材料となる美術品を人類の財産として取り戻す試み、社会的弾圧への抵抗といったさまざまな挑戦が、香港サザビーズのオークション会場を舞台に、ポロックの作品と生き方に投影されるかたちで物語は進む。
荒唐無稽とまではいわないまでも、実際のオークションとはかなりかけはなれた描写もあって、フィクションと割り切って読んだ。その上で物語としてどうかということだが、まずアノニムと呼ばれる集団の結成動機がいまひとつはっきりしないのと、結末では結局落札者がどうなったかが描かれていないのとで消化不良感が残った。
この著者の別の作品にも共通するのだが、登場する美術業界の人々が世界的大富豪や有名大学の卒業生だったり、貴族の末裔だったりとハイソな人しかでてこない。オークショニアも画商も、学芸員もすべてが出自の良い高等教育をうけた上流階級である。
実際にはもっと一般の人が業界を担っていることも描いて欲しいというのが、最近私がこの著者に抱く不満というか感想。
(「太陽の棘」のような実話でないかぎり、一般庶民が主人公であることはほぼない。)
原田マハの小説は美術史の知識に基づいてはいるのだけど、作品の理解が教養レベルに留まっていることが多い。ポロックに関しては、「抽象表現主義」「アクション・ペインティング」といった言い方をされていて、この小説の中でもそれか前提となっている。しかしそうした呼称はいずれも当時の評論家が言ったにすぎない。本人の意図はそれらとは全然別のところにあったし、実際に的外れな捉え方だと思う。香港のデモ運動という同時代の社会情勢を物語に取り込んだところまではよかったけども、ストーリーが劇的になりづらかったのは、作品の理解がアップデートされず、著者独自でもなく古いままだったからではないかと思った次第。
1548円 KADOKAWA