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うらがえし|ショートショート

数日前からTwitterの裏垢が勝手に想いをつぶやくようになった。
まるで私の代わりに涙を流すかのように。

自分の知らないところで誰かが操作をしているという事実に、一瞬は薄気味悪さを感じたけれど、どうせ裏垢だし放っておいてもいいやと思った。それに、全てカタカナでつぶやかれるメッセージは読んでいて面白かった。

今朝も通勤電車の中で内容を確認した。起きてから一時間も経っていない寝ぼけた状態で読みと、カタカナの羅列は違う言語で構成された呪文みたいに思えた。

「アナタハワタシヲワスレタカモシレナイケレドワタシハワスレナイ」

私はつい声を出して笑ってしまった。周りの目を気にせずに。今までの私だったら、変な人に思われるかもしれないと思って人前で笑いや悲しみといった生身の感情を出さないようにしていた。今ではそんなことも気にならなくなった。仕事の疲れも影響しているかもしれなかったけれど、一番の原因は他にあると自分では分かっていた。

つい最近まで大学生だった彼氏と付き合っていた。仕事がある日も帰りに彼と会うことが多かったので、会社の規則で許される範囲内でお洒落をしていた。特に彼が買ってくれた緑色のワンピースを着ることが多かった。上司から「会社はデートをしにくる場所じゃないんだぞ」と小言を言われても、彼に喜んでもらえるならそれで良かった。

今となってはそんなお洒落な服装もする必要がなくなった。毎日、白いブラウスに黒いスラックスといった就職活動中の学生みたいな格好で会社に行くようになった。今朝も同じ格好をしていた私は電車の中で奇声を発し、白い目で見られながら、出勤するために移動していた。働く理由も見失い、感情が崩壊した屍として生きているだけだった。格好が真面目になっただけで、実際の仕事としては幸せで充実した生活を送っていた以前の方が評価は高かった。

Twitterの裏垢が勝手に動作するようになったのと同じくらいのタイミングで、私は不思議な夢を見るようになった。

緑色のワンピースを着た私。仕事が終わった後、彼に会いに行く。
スカイブルーのシャツを着て、よく日に焼けた小麦色の肌をした彼。
トレーニングを終えてシャワーを浴びたばかりなのか、
ボディーソープのいい香りがする。
淡いネオンが漂う夜の街を散歩していく。
はじめは楽しげに二人で歩いているのだが、そんな時間も長くは続かない。
彼がある角を曲がるとき、私は固まってしまい、
背後から見守ることしかできなくなる。
ようやく体が動くようになって追いかけていった時にはもう手遅れ。
彼は他の女性と手を繋いで、もっと遠くに行くつもりなのか、
駅に向かって行く。その時、私の手には…

Twitterの裏垢は日が経つにつれて、つぶやきの内容を変化させていった。悲しみを吐露する内容が多かったのが、日に日に憎しみや復讐といった色合いを強めていった。あまりにもストレートに私の感情を代弁するものだから、一体誰がこんなことをしているのかと不安にもなった。

「アナタダケガシアワセナジンセイヲアユンデイクコトハユルサレナイ」
「ナントシテデモアナタヲサガシダシテミセル」

私はある準備を進めると同時に、Twitterの裏垢を勝手に操作している人物を突き止めようと考えた。このアカウントと現実世界で繋がっているのは、小学校からの親友である百合ちゃんくらいだった。でも、彼女は未だに実家で暮らす私とは違って地元から離れて別の土地で暮らしているし、ずいぶん前から会っていなかった。それに、彼との間に起こった出来事についても特に話してはいなかった。

その後もつぶやきは止まらなかった。彼が私のもとから消えていってしまう夢も毎晩続いていた。ある準備についても私しか知らないはずだったけれど、Twitterの裏垢を勝手に操作している人物はその極秘情報すら知っているようだった。

「アナタハキットソレホドトオクノマチニハイッテイナイ」
「ケイカクヲジッコウスルタメニキュウカヲトルヒツヨウハナサソウ」
「コレデアナタモワタシヲワスレラレナクナル」

ある休日の朝、母親と一緒に朝食を食べていると「気を悪くしたら申し訳ないんだけど、あなた最近様子がおかしいわよ」と言われた。どうやら夜中に私が大声で笑っていたり、壁を叩いたりしているらしかった。完全に起きていると思って声をかけても、私からの反応はなく、奇行を続けるので困ると言われた。それに、ふと静かになって椅子に座ったかと思うとその手にはスマホを持っていて、何かを入力していることも告げられた。

母親はひどく心配しているようだったけれど、私は何とも思わなかった。むしろ、全ての事象を深く理解し、納得した。裏垢でしか存在していなかった裏の私が今や表側に現われたというだけのことだ。今まで進めていたある準備も済んだところだった。彼が隣の街で働いていることは突き止めたので、ちょうど今夜会いに行こうと思っていた。彼の姿を見つけた時には、背後から近づいて、私のことを一生忘れられないようにするつもりだ。

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