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連載小説|寒空の下(13)

 社会的組織の中でどれだけ長く貢献しようが、方針にそぐわない行動を取っていればすぐに切り捨てられる。笠原の10年以上の労働は、たった1回の失敗で全て吹き飛んだ。やはり一人の人間など紙屑のような存在に過ぎないのだろうか。

 控え室で仕事をサボり、酒を飲もうが、一度街頭に立ったならば酒は飲まないという約束で俺たちは行動していた。俺の場合、そこまで強いわけでもないから街頭に立っているときまで酒を飲みたいとは思わなかった。だが、笠原は違った。彼は呼吸をするように酒を飲んでいた。正真正銘のアル中だった。街頭で紹興酒を取り出し、仕事をしているさなかにも口にしてしまうことは、彼にとって自然な行動だった。

 監視カメラに笠原が映っていたわけではなかった。施設の人間たちには笠原や俺たちが酒を飲むのは当然のことだという共通の認識があった。それなのに、関係のない人間が割り込んできたせいで全ては終わりを迎えてしまった。近くを歩いていた若い女性は何が面白くてやったのかは知らないが、笠原が酒を飲んでいるところを盗撮し、SNSに投稿してしまった。

 あっという間に映像は世間に広まった。笠原のことを何も知らない人間が日頃のストレスを発散するために大騒ぎした。塵のような書き込みは大量に積もっていった。その塵のせいで笠原はショッピングモールを追いやられることになった。みんなアル中老人が職をなくすことを考えずに書き込みをしていた。集団リンチして人を殺そうとしているのと同じ。それに気付かないから恐ろしかった。

 木下や石田は自らの保身のために、同僚を見捨てた。弱みにつけ込み、花蓮さんにも責任を追及した。彼女は最後の最後まで無視し続けたが、監視をしていたにも関わらず、何も報告しなかったという訳の分からない理由で辞めさせられた。

 狂ってはいたが、笠原と花蓮さんがいるおかげで俺は明るく過ごすことができていた。そんな集まりも1ヶ月も経たず解散となった。俺は二人の連絡先を聞くこともできないまま会えなくなってしまった。

 悪いのは笠原ではなく、その映像を世間に晒した女性だと俺は思った。無駄な書き込みをした人間も同罪だ。

 笠原は酒を飲んでいた。それは紛れもない事実だった。瓶の中身は麦茶でしたなんて言ってごまかそうとは思わなかった。ただ、酒を飲んでいようが笠原は与えられた仕事を問題なく遂行していた。人を怒らすことができるくらい意識もはっきりしていた。

 木下や石田にとっては厄介な存在だったはずだが、俺たちは自分たちなりのやり方でショッピングモールを支えていた。酒を飲んでいたって迷惑なことばかりではなく、やることはやって秩序を保っていた。

 にもかかわらず、外野からの無駄な圧力によって秩序は破壊されてしまった。放っておけばいいことは放っておけばいいはずだ。勝手に道徳を押しつけてくる世の中、くそくらえ。正義という名において平穏を破壊する世の中、くそくらえ。批評家気取りの人間たち、みんなくそくらえ。

つづく(ここから物語は後半へと移る)

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