【和歌】紫式部/『紫式部日記』登場の歌人(4/4)
紫式部
生年は天録元年(970年)から天元元年(978年)まで幾つかあり、没年も長和3年(1014年)から長元4年(1031年)まで幾つか。40年から60年の生涯と推測される
父は漢学者の藤原為時、母は「藤原為信女」(藤荒為信の娘)、弟に藤原惟規、早くに母、姉を亡くし、夫の藤原宣孝とも娘賢子を儲けた後二年して夫と死別
『紫式部集』
成立年時未詳(西暦1019年頃か)
伝本により一部の歌(数首)が異なるが、120首
人生前半は人生に肯定感が強く明るい作品が多く、後半は否定的で荒涼とした作風(不条理、虚無感)
「古本系」 陽明文庫本
「定家本系」 実践女子大学本
「別本系」
※以下、和歌引用はウェブから
現代口語訳:高安城征理 辞書に拠る注釈、太字:本記事の著者
≪和歌≫「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし よはの月かな」<家集『紫式部集』一>
(久し振りにめぐり逢えたのに、見たのが「それ」(月、「あなた」友達のこと)かどうかも分からぬうちに、雲に隠れてしまった(帰ってしまった)月のようですよ)
※「『百人一首』では「よはの月かな」は「の月かげ」とされている
「めぐり逢ひて 見しやそれとも 分かぬ間(ま)に 雲隠れにし 夜半(よは)の月かげ」<百人一首 五七>
※「月」と「めぐる」は縁語、
※「見る」他動詞 マ行上一段活用(み/み/みる/みる/みれ/みよ)、見る、見て思う、男女が関係を結ぶ、世話をする、経験する、の意
※「し」強調の間投助詞、文末、節末に接続
※「かな」詠嘆の終助詞
≪和歌≫「おぼつかな それかあらぬか 明けぐれの そらおぼれする 朝顔の花」<家集『紫式部集』四>
(どうもぼんやりしてはっきりしませんね、そう(あなた)であったのか、違ったのか、明け方の暗がりのなかで、そしらぬ様子の朝顔の花(いらしたのは間違いなくあなたなのでしょう))
※「おぼつかなし」形容詞 ク活用((く)、から/く、かり/し/き、かる/けれ/かれ)
ぼんやりしている、ようすがはっきりしない、気がかりである、不審である、会いたく思っている、の意
☞「山吹の清げに、藤(ふぢ)のおぼつかなきさましたる」<徒然草 一九>
( 山吹の花がさっぱりとしてきれいに(咲き)、藤の花のぼんやりとはっきりしないようすをしているのとが)
☞「上の女房(にようばう)の、御方々いづこもおぼつかなからず参り通ふ」<枕草子 うらやましげなるもの>
(帝(みかど)付きの女房で、お妃がたのどこへでも気がかりでなく参上して出入りする)
☞「道風(たうふう)書かんこと、時代やたがひ侍(はべ)らん。おぼつかなくこそ」<徒然草 八八>
(小野道風が書いたというのは、時代が違っているのではないでしょうか。不審に(思います))
☞「夢の中にも見たてまつらで、恋しうおぼつかなき御さまを」<源氏物語 明石>
(夢の中でさえお目にかからず、恋しく会いたく思っているお姿を)
※「そらおぼれ」名詞「そらおぼめき」に同じ
そしらぬふり、知らぬ顔、の意、⇒「そら」は接頭語
☞「つれなく、そらおぼめきしたるは」<源氏物語 蛍>
(そっけなく、そしらぬふりをしている人は)
≪和歌≫「三尾の海に 網引く民の てまもなく 立ち居につけて 都恋しも」<家集『紫式部集』二〇>
(三尾の海で網を引いてる漁民が、休む間もなく働いているのを見ていると、(ここは都でないのと思って)都が恋しくてならないのです)
※「てま」名詞、手を使う仕事などで、その手を動かすとぎれめのこと
※「立ち居(たちゐ)」名詞、立ったり座ったりする日常のありふれた動作のこと、雲が現れて漂うこと
≪和歌≫「折りて見ば 近まさりせよ 桃の花 思ひぐまなき 桜惜しまじ」<家集『紫式部集』三六>
(枝を折って見るのだから、近くで見ばえがしてよ、桃の花、思いやりのなく(散ってしまう)桜に惜しいとは思わないでしょう)
※「ちか-まさり」名詞、遠くから見るよりも近くで見るほうが勝って見えること
[反対語] 近劣(ちかおと)り
☞「主の大臣、いとどしきちかまさりを、うつくしきものに思して」<源氏物語 藤裏葉>
(主の大臣は、ますます近くで見ると優れて見えることを、かわいい婿君だとお思いになって)
※「おもひ-ぐま」名詞、思いやり、深い考え
※「惜(を)し」形容詞 シク活用((しく)、しから/しく、しかり/し/しき、しかる/しけれ/しかれ)、残念である、心残りである、惜しい、の意
※「まじ」打消の意志の助動詞、特殊型活用((ませ)、ましか/―/まし/まし/ましか/=)未然形接続
≪和歌≫「見し人の けぶりとなりし 夕べより 名ぞむつましき 塩釜の浦」<家集『紫式部集』四八>
(連れ添った人が煙となった夕べから、名に懐かしさが感じられる塩釜の浦なのです)
※塩釜の浦という名さえ懐かしく思われます(見るもの聞くものいっさいに、あの人を失った思いを寄せてみずにはいられません、の意
※「睦(むつ)まし」形容詞 シク活用((しく)、しから/しく、しかり/し/しき、しかる/しけれ/しかれ}
親しい、親密である、慕わしい懐かしい、の意
☞「御供にむつましき四五人(よたりいつたり)ばかりして」<源氏物語 若紫>
(お供に親しい者四、五人ほどを連れて)
☞「見し人の煙(けぶり)を雲と眺むれば夕べの空もむつましきかな」<源氏物語 夕顔>
(契りを結んだあの人を火葬にした煙を雲として眺めると、夕方の空も慕わしいことです)
≪和歌≫「若竹の おひゆくすゑを 祈るかな この世をうしと いとふものから」<家集『紫式部集』五四>
(若竹(幼い娘)が成長してゆく末を祈っているのですよ、この世を辛く、厭わしく思っているのに(この相反する二つの心で揺れているのです))
※「憂(う)し」形容詞 ク活用((く)、から/く、かり/し/き、かる/けれ/かれ)
つらい、苦しい、わずらわしい、嫌である、恨めしい、の意
☞「人の行き通ふべき所にもあらざりければ、なほうしと思ひつつなむありける」<伊勢物語 四>
(人が通っていくことのできるような所ではないので、ますますつらいと思っているのであった)
☞「世の中ことわざしげくうきものに侍(はべ)りけり」<紫式部日記 消息文>
(世の中というものはいろいろなことをする人がいて、わずらわしいものでございました)
☞「をぎの葉の答ふるまでも吹き寄らでただに過ぎぬる笛の音(ね)ぞうき」<更級日記 大納言殿の姫君>
(荻(おぎ)の葉と呼ばれる人が答えるまで笛を吹いて寄ってこないで、さっと通り過ぎてしまった笛の音の主が恨めしい)
※「厭(いと)ふ」他動詞 ハ行四段活用、嫌がる、世を避ける、の意
☞「世の常ならぬさまなれども、人にいとはれず、万(よろづ)許されけり」<徒然草 六〇
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((この盛親僧都(じようしんそうず)は)世間一般とは違うようすであるけれど、人にいやがられず、万事許されていた)
≪和歌≫「ただならじ とばかり叩く 水鶏(くいな)ゆゑ あけてはいかに くやしからまし」<家集『紫式部集』七五>
(ただ事ではなさそうな勢いの叩き方の水鶏でしたので、もしも戸を開けていたら、どのとうに後悔したでしょうか(昨夜、戸を開けてあなたをお迎えしなくて本当によかった)
※「じ」打消しの推量の助動詞、不変化型活用(―/―/じ/じ/じ/ー)、~でないであろう、の意、未然形接続
※「水鶏(くいな)」、水辺にすむ鳥の名、くいな [季語] 夏 ⇒鳴き声が戸を叩く音に似ていることから、「くいな」が鳴くことを「たたく」という表現をする
※「まし」反実仮想の助動詞、特殊型活用((ませ)ましか/ー/まし/まし/ましか/ー)、もし~であったら~であろうに、の意、未然形接続
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