たましい、あるいはひとつぶんのベッド 2-2
*タイトルは哉村哉子さんによる。
探偵に紹介されたアパートは現在居を構えているところから、電車で二十分ほどのところにある。物件は駅から歩いて十数分と聞いていた。その駅はいわゆるターミナル駅とよばれるもので、私鉄や市バスの乗り換えのために目に見えて人の行き来が盛んだ。そのために周辺は百貨店や専門店などの商業施設が充実しており、また居酒屋やレストラン、カラオケなども立ち並んだ繁華街になっている。今日、ミチルが見学するアパートはそんな街から一つ、二つ通りを離れたところにあった。
混みあった往来からひとたび外れると辺りは人通りがなく閑散とした、ひどく寂しい風景になった。道路は車がすれ違ってもまだ余裕がありそうなくらいに広く、利用者が多い(少なくともそう想定されている)らしいのが一目でうかがえた。そんなところを探偵から聞き出したメモを頼りに、彼女は独りきりで歩いている。そのうちに辿り着いたのは、煉瓦造り風の三階建てのビルだった。
煉瓦を模したビル壁は絵筆でぼかしたように薄汚れて見えた。とはいえ、ただ風雪に任せるままではない。まるで博物館に展示されてある玩具を連想させるような上品な汚れ方だ。その佇まいはアールデコ様式のアーチ窓と相俟って、まさに古往今来という趣だった。
ミチルの目の前には三つの敷石の段差を挟んで白塗りの門柱があり、その中に両開きのメドウグリーンの扉が嵌めこまれるようにしてあった。
彼女はドアノブを手に取り、躊躇することなく内側へ押して開く。探偵を通して、家主にはあらかじめアポイントメントを取り付けてあるので、ミチルは遠慮することはなく建物内に立ち入った。
アパートに入るとまず四畳半ほどの狭い空間に出た。ミチルから向かって左手に郵便ポストが設置され、そのすぐに近くにチョコレート色をした木製の階段があったのでそこを上る。階段を上がりきったところにある最初の白いドアの部屋が家主の住居だと、探偵が言っていたのを彼女はちゃんとメモしていたからだ。
その言葉通り、階段を上がりきると本当に白塗りのドアが現れる。ミチルはインターホンを押した。いささかの静寂が訪れたのちに鍵が解錠されて、ドアが開く。すると、彼女の見知った人物が目の前に立っていた。深山ノボルだ。
「おじいさまの遺産でビルを買ったんですよ。耐震工事とリフォームをして、善さそうな奴らに一室貸し出してるんです。知りませんでしたか」
これはどういうことなのかとミチルが訊ねると、男は悪戯っ子のように笑ってそう答える。それを見て、ミチルは眉をひそめた。彼がアパート経営を始めたこと自体は知っていたのだけれど、まさかこの場所だとは思わなかったのだ。
「どうして帰るんですか」
踵を返そうとしたミチルの肩を掴んで、ノボルが言った。
「いま、君を相手できる体力はない」
「ここにいてください」
ここにいろ、と深山ノボルが調子を改めていった。