目覚める前もずっと暗い

 夢の中でだけれど、初めてバラの花束をもらった。青いのを三本、リボンで結んだ小さな花束だ。八重咲の花びらには蛆が這っていて、でも、とても良い匂いがする。
 棘の部分がむき出しのままだから、無理に握らされるとすごく痛い。渡してきた相手の手も血塗れで、きっと彼も同じくらいに痛かったはずだ。これでおあいこということには、けしてならないけれど。
 私と彼が初めて会ったのは子どものころで、やはり眠っているときだ。知らない子が誰かの首を絞めていたので、私は反射的に彼をぶん殴ったのだ。すると彼は大きく目を見開いて、しきりに白黒させた。まるで姿を暴かれてしまった透明人間みたいに。
「どうしてこんな――ここは僕の夢の中なのに」
「うるせえ、バカ。おまえが悪いことをしてるからだろうが」
 それから彼との闘いが始まった。私たちは毎晩のように逃げたり追いかけたり、殴ったり殴られたり、殺したり殺されたりした。ときには相打ちになることもあった。
 そのうち私は、彼がいじめっ子であるのを知る。夢の中であるのをいいことに、見ず知らずの人にひどいことをするのだ。嫌がる相手の髪を掴んで水の中に顔をつけるとか、自分が干渉する誰かを縮めて丸呑みしまうとか。そんな乱暴な行いが大好きだから、自分の楽しみを邪魔してくる存在が気に入らないようだった。
 相手が気に食わないのは、私にとっても同じだ。どんな人間であろうと、弱い者いじめをするべきではないのだ。そうして長い年月のあいだ、ずっと争い続けていると相手のやり口に変化が訪れる。
 彼の一回りくらい大きな手が、私のそれをぎゅっと握りしめたので、バラを持つ痛みがますます鋭くなる。それでも私は彼の手を振り払わない。花から零れた蛆虫が彼の肌に落ち、気まぐれに皮膚を破いて潜り込む。でも、彼は私を離さない。今日はこれが朝まで続く。そして明日も同じようなことをするだろう。どんな形かはわからないが。

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