演劇部|エリック・クラプトンと奨励賞の夏
「今度大会なんだよね」というと九割の確率で「演劇部も大会ってあるんだ!」と驚かれる。
「あるよ」と答えると「演劇するの?」と聞かれる。大体そうじゃないかな。
そんな校内でも認知度の低い演劇部で私は高校三年間を過ごした。
これは二年生の時の地区大会の話である。
例年、三年生は受験のために夏休み前に引退するケースが多い。だから夏休み中に行われる地区大会に出演できるのは二年生までだ。
最後の大会の脚本として私たちの代が選んだのは、石原哲也作『チェンジ・ザ・ワールド』。
主人公は病気で余命の短い男子生徒・柳と、不良の同級生・正平。
柳から「友達になってほしい」と頼まれて嫌々応じた正平が変わっていく様を丁寧に描いた脚本だった。
この年、私たちは初めてオーディションで配役を決めた。
練習期間を設けての本気のオーディションだった。それまでほとんど喧嘩やトラブルの無かった同期の間に、うっすらとヒリヒリしたものがあった気がした。ちなみに私は柳役のオーディションに落ちて、柳の母役をやった。
この年、私たちは初めて大道具を作った。
病院のベッドにも公園のベンチにもできる白くて大きい木箱という簡素なものだったが、「板を切り出して釘で打つ音」が稽古場に響いていたのが新鮮で印象に残っている。
挿入歌だったエリック・クラプトンの『Change the world』を聴き飽きるくらい通し練習をしたと思う。
全員が地区大会の先にある都大会を目指して、それまでで一番本気になっていた。
本番当日。
会場の舞台は毎年変わるのだが、この年はかなり狭めの舞台だった。それでも関係なく、私たちは本気で演じた。裏方の部員も、ミスなくやってくれた。
クライマックス、柳の独白のシーン。
逆光で何も見えない客席からすすり泣く声が聴こえた。しかも一人だけじゃない。やった!
ラストシーンまで駆け抜けて、聴き飽きたクラプトンの曲がフェードアウトして、終演。カーテンコールでは全員が晴々とした表情をしていたと思う。
「四分オーバーだったって」
地区大会の制限時間は六〇分。私たちの上演時間は六四分だったらしい。出番を終えた控え室で聞かされた。
もしかして減点?
「失格みたいだよ」
あんまりだ。
それを伝えてくれたのが顧問だったのか先輩だったのか最早覚えていないが、あの時の控え室の空気だけは今でもくっきりと思い出せる。
誰も何も言えなかった。静かだったなー。
堪え切れずに一人が泣き出して、それがすぐ女子全員に伝播した。私もぐちゃぐちゃに泣いた。
ほんの少し残っていた冷静な部分で男子部員を見たら、泣きこそしていなかったものの、悔しくて苦い、見たことない顔をしていた。
これは控え室で号泣したあとに(少なくとも私は)無理して笑っている集合写真だ。ここに載せるために久しぶりに見たが、皆はこの時どういう感情だったのか、今や知り得ない。
地区大会は日程が分かれていて、ブロックごとに後日結果が出る。
もちろんそれは知っていたけれど、私は意識しないようにしていた。だって「失格」じゃあ、ねえ。
あれ?
「奨励賞受賞校 Bブロック」
載ってた。
私たちの高校の名前が載ってた!
飛び上がるほど嬉しかったし、実際少しくらい飛び上がったかもしれない。そのくらい予想外の受賞だった。失格というのは都大会への出場資格に限ったことだったのか。
審査員の方々が口々に褒めてくださったのは慰めじゃなかったんだ。
報われた。私たちの夏が。
四分オーバーしていなかったらもしかしたら、とは少しだけ思ったが、それでも充分嬉しかった。
後にも先にも、あんなに本気で演じて泣いて笑った忙しい夏はないだろう。
そう思って浸る感覚が心地良くて、大学二年生になった今でもたまに『Change the world』を聴く時がある。
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