髙井賢太郎の自己紹介!5分で読める記事にまとめました。
■ 出身は神奈川県、小田原市
前に海、後ろに山(箱根)と自然に囲まれた「東京から一番近い田舎町」なんて言われている場所です。
■ "伝統"との出会い
高校では、和太鼓部に所属。仲間にも恵まれ、全国大会では文化庁長官賞を受賞。(母校で初)事実上の優勝を果たしました。
そんな経験からは、「なんでもやればできる」「努力は結果にでて初めて努力といえるんだ」と実感。何より、大きな目的を達成するための「チーム力、組織力」の大切さを知りました。
■ 体育大学 →芸術大学大学院へ
日本体育大学 武道学科 伝統芸能領域 という自分にとって好きなものの寄せ集めのような大学に進学。
そこで出会ったのが、大学の恩師/師匠 仲間若菜と琉球芸能でした。
「沖縄にこんな芸能があるんだ!」とそれはもう夢中になり、気づけば沖縄県立芸術大学 大学院と国立劇場おきなわ組踊養成研修を受験。そして、合格。「沖縄の伝統を学ぶチャンスをあげるよ」と言われたような気がしました。
■ 芸能を続けたいから始めたWEBライター
私たち舞台人は"組織の利益をだすために自分の時間を提供"するのではなく、"自分のスキルや技を提供"し、その対価として出演料をいただきます。
伝統芸能なんてものは「完成」がありませんから、永遠と稽古をしつづける必要があります。
そのため、時間を提供する働き方ではなく、何かスキルに対する報酬をいただくことで芸能と両立することにしました。
全研本社沖縄オフィス eマーケティング事業 でWEBライターとして働きながら、個人でライティング活動をしていました。以下、お時間あればぜひっ
■ 芸術をはぐくむお手伝い、プログラム・オフィサーという仕事
ルームシェアしていた同居人からこんなお仕事あるよ!と勧められたのが、(公財)沖縄県文化振興会でのプログラムオフィサーのお仕事でした。
補助金の事務局、芸術関係者の支援を行う日々。さまざまな分野で芸術や文化をはぐくむ想いに触れた時間はかけがえのない財産になりました。
在籍中の記事もお時間あればぜひ↓
■ 海だけじゃない沖縄の宝もの
コロナ禍では、舞台やイベントが軒並み中止。芸術活動ができない現状をポジティブに捉えて取り組んだのがYouTubeの活動でした。
ー 海だけじゃない、沖縄の魅力 首里城だけじゃない、沖縄の宝もの ー
劇場での出演だけでは出会えないたくさんの人とネット上で"つながる"きっかけになりました。
■昨年、祖父が亡くなり、地元に帰る時間も多くなりました。
沖縄と神奈川を行き来する日々。芸能漬けの日々から、少し離れてみるとやっぱり芸能が好きであることも実感できました。
引き続き、芸能活動に取り組みたいと想います。
以上。いつかの機会でまた深くお話しできたら嬉しいです。ここまで読んでくださり、ありがとうございました
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