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刑務所は0円生活【入浴編】

お金が一切掛からない刑務所暮らし。
受刑者には、刑務という名の「義務」が生じている。
義務が生じるということは、対義語の「権利」もある。

今日はこの権利の中から、入浴について書いていきたい。


全ては訓令で定められている

受刑者の義務や権利は、すべて訓令で定められている。
そう、つまり国家レベルの話なのだ。
ちなみに、入浴の権利についてはこのような訓令が存在する。

被収容者の入浴の回数及び時間は、
気候、矯正処遇等の内容その他の 事情を考慮して、
刑事施設の長が定める。

          法務省矯医訓第3293号  平成18年5月23日

入浴時間は15分

私のいた施設は、1回あたりの入浴時間が15分間と定められていた。
15分あれば比較的のんびり入れるのでは?
と、思う方も多いと思う。
実際、風呂に入らずシャワーしか浴びないなら、10分も掛からない。
事実、夏場に入浴する際、皆が10分より早く終了することは多かった。
しかし、冬場になるとそうはいかない。

とにかく、寒いのだ。
特に、コロナウィルスの影響が大きかった。
空気を入れ替える、扇風機を回して風を流す、
施設は換気をすれば何とかなる、という思いで一色だった。
工場や居室は、服を着ているのでまだ何とかなる。
浴室は・・・裸で冬で、窓全開。そりゃ寒い。
しかも、脱衣してすぐシャワーを浴びれたり入浴できるのではない。

入浴までの流れ

その為にも、まずは入浴の流れをご説明したい。
1,常に講談(話すこと)は禁止
 受刑者同士で話すのもダメだが、職員と話すのもダメだ。
 話すことが生じた場合は、必ず許可を取る必要がある。

2,ロッカーは決められた番号を使用
 工場単位で入浴するため、一度に50人前後が入浴する。
 脱衣所の広さは約10m×5mほどだ。
 そしてその両側に、約40cm四方のロッカー(棚)が
 びっしりと備え付けられており、そこに番号が振ってあるのだ。
 上下左右も使用することがあるので、隣の人とぶつからない様に
 前後左右にずれて脱衣する。
 ここで陰部を隠したりはしない。皆堂々としている。

3,浴場の使用する場所も決められている
 浴場の広さはだいたい20m×10m。
 その中央にプールのような巨大な湯船がある。
 その周りに体を洗うためのシャワーや水栓が配置されている。
 湯船を背にするように座り、目の前には鏡がついている。
 一般的な銭湯と同じようなスタイルだが、隣との間隔が異様に狭い。
 その為、シャワーを使う際は「隣の人に飛び散らないよう注意」する
 必要がある。また、背中側にある湯船にも2歩ぐらいで届いてしまう
 距離感なので、シャワーの水が湯船に入ることもしばしば。
 そうすると職員から注意の怒号が飛んでくる。

4,全員が準備できるまで待つ→号令で入浴開始
 ここが辛いところだ。工場の全員が浴場に入るまで水が使えない。
 つまり、「冬場は窓全開の極寒の中、裸で座して待つ」のだ。
 特に年配の人が居たり、ちょっと段取りが良くない人がいると、
 まあ寒い。小声で「寒い~」「早くしろよ」という声が漏れ聞こえる。
 しかし、上記の通り講談禁止なので、あくまでもささやきボイスである。
 そして、職員が「入浴始めっ!」と号令を掛けると水栓をひねれる。

5,湯船に浸かる前に全身洗う
 これは施設の規則にも記載されている。
 たくさんの受刑者が入るので、当たり前の事かもしれない。
 頭と体を洗ってから湯船に浸かる。
 湯加減は、一番風呂だと熱く、最後だとぬるい。

 ちなみに、洗髪して洗身すると7分ほど掛かる。

6,職員から「5分前!」の掛け声
 これが、実際のところ「そろそろ出ろ」の合図だ。
 つまり、暗黙のルールである。
 湯船に浸かっていたものはそそくさと出る。
 そして我先にと脱衣所へ向かっていく。

7,脱衣所に入る前に物品チェック
 真っ裸で浴場から脱所に向かう。
 タオルで陰部を隠すようなことは一切不可。
 タオルは「左腕に広げて掛ける」というルールがあるのだ。
 これは、タオルに隠匿物がないのを証明する方法とのこと。
 更には、持っている物を職員に確認してもらってからしか
 脱衣所には入れない。
 石鹸箱を使用している者は、石鹸箱の蓋を取って中を見せる。

8,あっという間に服を着る
 脱衣所で暑いから涼む、なんて銭湯なようなことは出来ない。
 とにかく職員は受刑者を「早く帰らせたい」のだ。
 その為、ゆっくりしていると「お前を皆が待っているぞ!」
 などと罵声を浴びせてくる。それが皆嫌なのですぐ服を着るのだ。

9,居室へ行進して帰る
 ここでも入浴道具のチェックが入る。
 タオル、石鹸箱、シャンプーを職員へ見せる。
 細かくは検査しないが、目視で確認していく。
 そして、全員が並んで行進し環室(部屋に帰る)するのだ。

始めの頃:入浴週2回、シャワー浴週1回、足洗2回

 そんな入浴は、2023年秋ごろから変更があった。
 入所当時は上記のスケジュールだった。
 
 シャワー浴:湯船の用意がない入浴のことである。
 頭と体を洗うだけ。時間は5分。とにかく急いで洗ったものだ。

 足洗:足を洗うだけのことである。
 これは浴場では行わない。工場の手洗い場で、洗面器を使用して行う。
 5人くらいで、手洗い場の目の前に一列に座る。
 そこに洗面器があるので、水を入れて足を石鹸で洗う。
 この時間は2分。この時間で石鹸を泡立て、足を洗い濯ぐ。
 洗面台から出るのは水のみなので、冬場はちょっとした修行だった。
 足を洗ったら自分の使用しているタオルで拭いて終わり。
 この日は頭や体は一切洗えない。

 夏場の足洗の日は、翌日頭がかゆくなったものだ。
 そして、冬場のシャワー浴の日は、鼻水が止まらなくなった。
 しかし、これが2023年秋から変更されたのだ。

現在:入浴週3回、足洗2回

 これは大変ありがたかった。特に冬場は全く違った。
 やはり体が温まると睡眠の質が違う。助かった記憶がある。

入浴しない「権利」を主張する人も

入浴時もトラブルは絶えなかった。
・カミソリでひげ以外の体毛を剃る者
・小便や大便をする者
・体を洗わない者

重ねてになるが、皆犯罪者であり皆ポンコツだ。
なので考えられないようなトラブルも多かった。
特に印象に残っているのは、
「入浴を拒否」し続けていた人だ。

笑い話にはしにくいのだが・・・
年配で認知症が進んでしまっていたようだ。
最初の頃は、職員も「明日は入れよ」とかいう程度で、
比較的誰も気にしていなかった。
しかし、さすがに2週間近く経つとまずい。
自分が臭いだけならいいのだが、感染症も懸念される。
職員から入浴を何度促されても、断固拒否し続けたのだ。

そこで、2週間が経過したある日、強制的に入浴が行われた。
通常は一斉風呂なのだが、別に一人用の浴室を使用したのだ。
そして、職員は完全防備。コロナ感染拡大時に使用していた、
全身を覆う真っ白な使い捨ての防護服で臨んできた。
しかし、相手は一向に部屋から出てこない。
そこで、5、6人で無理やり抱えて部屋から出したのだ。

「何をするんだ!俺は悪いことしていないぞ!」
と、喚き散らしながら連れていかれる老人。
「大丈夫、お風呂入るだけだからね!」
と、なだめる職員たち。

後から聞いた話だが、結局本人は自分で体を洗うことも拒否
したようで、職員が無理やり頭と体を洗ってあげたそうだ。
そして、体を拭いてあげて部屋に返すと・・・
部屋で泣いていたそうだ。。。

この世の、日本の終わりを感じる。

物価高の世の中でも「0円」生活

入浴にかかるコストはかなりのものだ。
ガス・電気・水道・下水道と多岐にわたる。
また、入浴場を清掃するコストや官物(タオル・石鹸)も
タダではない。
しかし、刑務所では「タダ」なのだ。

出所した後、毎日入浴できる娑婆の生活に喜びを感じた。
しかし、娑婆には週一回しか入れない人もいる。
ホームレスの人は何か月入っていないかわからない人もいた。
週3回入浴できることは、今の世の中だと良い方なのかもしれない。

このあたりも、出所者の再犯率は6割に繋がっていくのかもしれない。

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