中山七里『護られなかった者たちへ』
一昨日切れてしまったコンタクトを買いに、街に出る。生きていくのにもお金がかかるものだ。初めてコンタクトをつけたのは6年ほど前だっただろうか。そのときは自分の顔から眼鏡が外された物足りなさでなんだか気恥ずかしかった。眼鏡が顔の一部と化していた。数年経ったいまもその感覚は微かに残っているが、いまは化粧という魔法がある。目尻にちょこっとアイラインをのばすだけで、マシな顔になる。線はあるけど二重にはなりきれていなかった一重の小さな目も、いつの間にか二重になっていた。少しずつ自分の顔が嫌いじゃなくなる。
移動時間のお供には、中山七里の『護られなかった者たちへ』。
生活保護受給者と不正受給と申請者のアレコレ。元々中山七里の書く小説はかなり好きだったので、一瞬で引き込まれた。これはやめられないやつだと直感した、結果、2日で読み終えた(最近にしては早い方)。これが学生だったら、1日で読み終えていたと思う。やっぱり彼の作品は好きだ。
生きていくにもお金がかかる。
誰にとっての「正義」なのか「正しい」とは何なのか、凪良ゆうの小説を読んで好きだと感じた気持ちにも割と近い気がする。
社会人になって、友人たちが実際に公務員としても働くようになって、より鮮明にイメージしやすくなった職場環境だったり、仕事に対する考え方がある。学生の頃と今では、21時まで残業したあとの帰り道に連想する感情が違いすぎる。
仕事に対するやり甲斐と割り切り方とプライベートと。重ねられる選択肢が増えた。
今回の小説は、久しぶりに彼の作品を読んだからか、完全にしてやられた。彼が拘束されて初めて、あ、これは、あ、あれだ、と思い当たる。この裏切られた感ですら心地よく感じる。不思議。裏切られた感が嫌いで、人のことを信じすぎないように、期待しすぎないようにしているのに。
映画では、彼が彼女になっているらしい。
もしいつか眠れない夜がきたら、見てみたい。
そういえば昔、眠れない夜に見たあの邦画のタイトルはなんだっただろうか。
…蒼井優さんが主演の、あ、「彼女がその名を知らない鳥たち」だ。あんまり話は覚えてないけど。数年に一度突然くる邦画がみたいターンだった気がする。「ユリゴコロ」もこのときにみた。
そんな過去の記憶を思い出しながら、次の本に手を伸ばす。昔読んだことのある本。
中学生のころは、「1度読んだ本をもう一回読むなんてありえない。だって結論がわかっていてつまらないじゃん」と思っていたのに、いまは中学生のころの私が読んでいた本を読み返しているよ。
もちろん、結論なんてものは覚えていない。
その過程だって、同じ本を読んでいても抱く感情が違うし、そういうところって現代アートと通じるところがありますよね、と、建築を見ながら「これも現代アートだよね」と微笑んだ彼のことを思い出す。