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彼に貸したお金が「高い勉強代」になるまでの話⑲「コミュニケーションの癖」


「めそめそした自分は5月末に置いていきます!」と、
意気込んだものの、
心はなかなか追い付かないものだ。

人の目がとにかく気になるようになってしまった。
そして、接客中も自分の視線が泳いでしまう。
「あれあれ、上向いちゃったよ~」なんて、からかわれることもあり、
自分がきちんと「人の目を見て話す」ことができない=自分に自信がないままだということに気付く。

そんな中、先輩のお姉さんと新規のお客さまとの3人のやりとりで印象的だった言葉を記しておきたい。

「忘れられない大恋愛をしたことはありますか?」とお客さまは私と先輩に聞いた。
これまたドキッとした。
が、まずは先輩のターンだと思い、視線を先輩に送る。
先輩は上手にお客さまから、質問の意図を引き出す。
お客さまは、忘れられない大恋愛を経験済みだという。
今でも忘れられない人だが、不慮の事故で亡くなってしまい、もう二度と会えない。
辛いことも良いことも全部ひっくるめて、人生の中でこの人に会えて良かったと思える方だったそうだ。
そして、ある季節になると、その人がまだ側にいるのではないかと感じるような香りがする、というのだ。

私は、とてもよく理解ができた。
私の場合は、春と冬だ。
彼と楽しい時間を過ごした春、そして生存確認したが会えなかった冬。
この時期、外を歩くと、決まって彼を思い出す。
怒りや、悲しい気持ちは一切わかず、不思議と優しい気持ちになれるのだ。
この現象は今でもよくわかっていない。
だけど、お客さまが話してくれたように、忘れられない大恋愛をした、ということなのだろうか。

そして、先輩は「恋愛」ではないが「父親との親子関係」に当てはめて、自身の話をしていた。
もう二度と戻らない家族団らんの時間、他で埋めようと思っても無理だということに気付いたという。

私は先輩の話も理解ができた。
そして、お客さまは私に「みこさんはある?」と聞いた。
私は「ある」が、「えっ…と~…はい。」といったような挙動不審な返事をしてしまった。
その姿を見て、先輩は私に疑問を投げかける。

「なんかさ、みこちゃんって、自分の話をしないよね。
 いつも、人を褒めてくれるけど、
みこちゃん自身の話ってあまり聞いたことがないかも…。
 言いたくないことが多かったら、無理しないでほしいのだけど、
 深い話こそ、聞きたい。」

ママも勿論そうだが、本当に、このお店のお姉さん方は洞察力が鋭い。
そして、こんなへっぽこな私にも話す場を作ってくださる…。

私は家族のこと、彼とのことを掻い摘んで話した。
お客さまも先輩も、親身になって聞いてくれた。
その中で私は

「最近、人に対して、諦めることも大事だなぁと、思ったんです。」と言った。

「それはね、だめだよ。諦める、ではなく、この人との関係は、ちょっとお休み。一時停止くらいの感覚でいいの。だって、まだその人は生きているんだから。」

ありきたりといったら失礼だが、確かにそうだ。
白か黒かの判断=人をジャッジしてしまう思考は本当に疲れる。
疲れるという事は自分を追い込んでいるのも事実だ。

諦めることが最終的な結果だとしても、今は「お休み」くらいがちょうどいい。
心に絆創膏をぺたりと貼ってもらった気分になった。

そして、私がストレスを溜め込み、感情として爆発してしまう理由の一つとして自分語りをしなかったというのにも、先輩からの言葉で気付けた。

相手との会話のキャッチボールが成立しないほどの自分語りはよろしくないと思うが、語らなすぎもよくない。
(このことを話しても、どうせ〇〇と思われるだろうし…)と、勝手に結末を予測して、恥ずかしい話や失敗経験を隠すことをこれまで私は多くしてきた。
人間不信だなんだと、他者を疑う前に、私だって(この子は何を考えているかわからない)と見られていることもあるのだ。

そして、掻い摘んだ話ではあったが、隠しがちだった身の上話をしたことで、心が軽くなる言葉を返していただいたのも事実だ。

「笑い話に変えていけばいい」

まだまだ、笑い話にするにはハードルが高いなと思ったが、
自分語りを少しずつでもしていくことで、相手と通じ合えることを改めて学んだ。

私は、何かしら、気持ちが切り変わるきっかけを探し続けた。
長かった髪の毛を、ばっさり切り、ショートヘアにした。

私は中学3年生の時、相談室登校をしていた。(今後、noteにも綴っていきたい)
その空間は自分らしさをのびのび発揮できていたため、髪型も自分好みにしたいと思い、髪の毛を自分で切っていた。
(いい感じだ!)と自分では気に入っていたが、ある時、生活指導の先生に呼び出される。

「みこ、あんた自分で髪切ってるでしょ?
自分で切るのはね、ある意味自傷行為と一緒なんだよ。」

いいや違う…と思ったが、
リストカットをしていた時期でもあったので、勘違いされてもしかたない。

そしてそのことを相談室のカウンセラーに話した。
自分は魔女だという、ふざけているのか、
本気なのかよくわからない不思議なカウンセラーの先生は、
「髪の毛は悪い気がくっつくから、切るとすっきりするんだよぉ~」と言った。

確かに、自分で切っている時は、嫌な出来事を忘れ、
集中できていた。そして、完成した髪型を見てウキウキ気分で登校できる。
古きを捨て、新しきを得る気になれるのだ。

その事をふと思い出し、ショートヘアで初出勤を迎える。

10名以上いる団体のお客さまでお店は貸し切り状態だった。
緊張したが、みんな、歌で盛り上がっていた。
ママは私の隣の席に移動し、「そろそろ女の子の歌いいですか~?」と言う。
私に、歌う機会を作ってくれた。
みこの好きな曲でいいが、みんなが知っている曲がいいねと2人で相談し決めた。

私は話下手であり、容姿も特別美人というわけでもなく地味な印象を持たれやすい。
だけど、歌は好きだ。お風呂場でよく歌っていた。
そのおかげもあってか、
お客さまにも初手、「この子じゃなくてもいい」と残念そうな顔で言われたとしても、
歌をうたえば、「え!!」という反応をしていただくことが多かった。
「次は何いける?」「一緒にうたって!」と、見た目だけが全てじゃないことを、その時間だけでもわかっていただくことが嬉しいし、してやったぜ!!という気持ちにもなれる。
マイナスからのスタートは、得るものが多いのだ。

その流れを、ママもよく理解してくれていたのだと思う。
私は幸せ者であると改めて思う。

そして、みんなが知っている曲を入れた。
得意なミュージカル調の歌だったが、10何名を前にして歌う経験は初めてだ。
声も、マイクを持つ手も震えていた。
そんな姿を見て、お姉さん方は敢えて、
「みこちゃん、震えてる!
初々しいところが可愛いでしょー?」と笑いに変えてくれていた。

歌い終えると、拍手をたくさんいただいた。
「劇団四季の子雇ったの?」という声に自然に嬉し恥ずかしさでニヤけてしまう。
そして、おひねりまでいただいてしまった。

初めての経験が続き、わちゃわちゃしていると
「みこー!いただいておきなー!
 ほら!!良いことあっただろー!?
 絶対大丈夫だからー!!」とママが言った。

周りからすると?だが、
私とママとの間で通じる、これまでのエピソードがあり、
私は何度も頷き、お客さまにもママにもお礼を言った。

そして、髪を切ったことで、お客さまの中で「気になる子」として名前があがることが増えたとママから話があった。
ダブルワーク、髪を切る、自分でとった行動が良い方向へと向かっていることに少し自信を取り戻した。

気持ちは少しずつ前を向いているものの、
やはり睡眠時間も短く、食生活も不安定な状態は続いていた。
ちょっとした成功体験はあれど、他者からの些細な言葉で塞ぎこんでしまう。
勿論、彼の事も常に頭にある状態だ。

そんな状態で、私は女友達と遊ぶ時間、連絡する時間すらとらなくなる。
以前、記載した異性経験豊富な友達と、ほとんど連絡をとらなくなっていたのだ。
当時、彼女も恋愛面で辛いことが起こっていたが、私もダブルワークを始めた時期でもあり、話を聞く時間を設けられなかった。
むしろ、その子にダブルワークを考えている話はしていたが、最終的に決定した話は伝えていなかった。
彼女は私の行動に筋が通っていないことに対して苛立ったのだと、後々話してくれた。

私は、最終的な判断を彼女に伝えなかった理由があった。

彼と同様、彼女から返ってくる言葉には棘があった。
もともと、気の強い、それでいて、心とは裏腹に強がりな彼女であった。
これまでは、そんな彼女の良い面にだけ目を向けて付き合ってきたものの、彼女の激しい感情が言葉や態度によって、伝わることに耐えられなくなった時期でもあった。
自分が相談しておいて、勝手に決めるという行為は確かに筋の通ったことではない。
彼女の言い分もよく理解できるので、苛立ちも受けとめ、謝罪した。
しかし、彼女から投げかけられた言葉を思い出すと、何故、そこまで言われなければならないのだと疑問に思う点もいくつかあった。
私はこれ以上、ご機嫌伺いのように、自分の欠点を必要以上に探してまで関わるのはやめよう、と思った。

この頃から、自分の人への関わり方に対して、この疑問が浮かぶようになる。

『媚びを売ってまで、関わりたい相手ですか?』

SNSを開いても、すべて虚勢を張っているようにしか見えなくなっていた。
「私は楽しんでいる。」「私は大丈夫!」

彼女だけでなく、他の子もそう見えてしまうようになったので、同時にSNS離れをしようと決意した。

夜の仕事への大きな不安感がなく、
ただ、私生活ではボロボロで、いずれ仕事にも支障がでるだろうと漠然と予測していた。
かといって、友達関係も億劫になっており、
(海に行きたい…。)と思い始める。

現実逃避だ。
極限間近になると、自然界に逃げたくなるのが私だった。

私は、H氏に「海に行きたい。」と話す。

そして、なんと、6月中旬に、H氏は私を海に連れて行ってくれた。

⑳に続く。

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