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資本の深い眠りから人類を叩き起こすBIの強烈な一撃~『ゼロからの資本論』書評(後編)


3:BI否定論者に共通する人間不信

斎藤幸平は財政と政治の面で実現するのが困難だとしてベーシックインカム(BI)の可能性を否定している。

BIもピケティの再分配も富裕層への大増税が必要であり、そうなれば資本のストライキが起こり、お金が外国へ逃げて行ってしまうと見ている。

だが、BIは国債の大量発行、つまり大借金でも実現できる。つまり大増税抜きでも実現できるため、資本のストライキのリスクはない。

本書では森永卓郎もよく用いるMMT(Modern Monetary Theory)についても触れているが、この国による財政均衡をカン無視した超積極財政の正当性に対して、斎藤は有効な批判を示せていない。

現代の先進諸国は1980年前後の大昔に
世界中の人々にユニバーサル・ベーシックインカム
UBIを与えるだけの富を手にしている。
それなのに2020年代の今も、世界の99%の庶民は
日々過酷な労働を強いられているのだ。

この辺の事は、ブレグマン著『隷属なき道』を読めばよく分かるだろう。

斎藤幸平は結局、アソシエーションに参加するかしないかで人を二分しようとしているように見える。参加しない人は悪人であり、だからこそ万人にお金を配るBIにも消極的なのだ。

彼はこの点で人類の性悪説に加担している。

アソシエーショニズムの根本的な暗さも、この人間不信にある。

ベーシックインカムがアソシエーションよりも全世界的に受け入れられ、明るい未来像を描いているのは、働かない人たちも包摂しているからだ。

どんな意味でも生産的ではないことに一生懸命な人、またはどんなことにも無気力な人をも包み込んでいるからだ。そこにこそ真の多様性社会がある。

一時、働かないアリの有用性が注目されたことがあるが、自然界ではあらゆる領域で働かない生き物たちが緩く包摂されている。人間の世界だけでそれが許されない理由はどこにもない。

4:大改革はトップダウンの一撃から

本書では1871年の労働者革命・パリコミューンが取り上げられている。

たった2カ月の革命だったが、これは先進国が脱資本主義に最も近づいたときだったに違いない。

パリコミューンで労働者が中心になってアソシエーショニズム・社会民主主義が広がった第一の要因は、パリ市民が武力で政府軍を首都から一時的に追い出したことにある。

つまりトップダウンの改革があったからであり、これはベーシックインカム抜きにはアソシエーションが広がらないことも示している。まずトップダウンの一撃がなければ大きな改革は起こらない。

今、日本で飲酒運転が激減したりエコバッグが根づいたりしたのも、法制度の改革があったからだ。

善行のためにこのようなトップダウンの一撃が必要なのは、多くの人が悪人やバカなので強引な手法が必要になるだからではない。

多くの庶民は貧困や生活苦のせいで余裕がなく、積極的に良い行いができなくなっているからだ。一方で金持ちにも大勢の悪人がいるのは、資本主義に依存するあまり、心をむしばまれているからだ。

パリコミューンの失敗は、BI革命の限界も示している。斎藤幸平は、パリコミューンが政府軍のデマ情報によりパリと地方の人々が分断されたことで内部崩壊したと見ている。

BIによってアソシエーション的なコモンが広がった場合も同じことが考えられる。資本に仕えた政治家やマスコミはコモン自体やその生産物を危険視するバイアスを作る可能性が高い。

BIはそれを実現することよりも、それを持続させることの方が遥かに難しいと言える。

5:結局、まずは選挙で勝つしかない

BIを否定した点以外では、本書『ゼロからの資本論』は私にとって多くの学びを与えるものとなった。

先に書いた現代の労働者が陥った二重思考以外にも、富裕層による土地や生産知識のエンクロージャー(囲い込み)から、資本主義が始まっているとの歴史的な解説は興味深い。

ここを読めば、多くの人はやはり資本主義が一部の頭のおかしな人たちの強欲から生み出された収奪行為だということに気づくだろう。資本主義とは所詮そんなもの。真実は常にシンプルだ。

コミュニズムにも民主主義が必要で、ソ連や中国のコミュニズムが国家資本主義に過ぎない事。要らない生産物を魅力的に見せる広告やコンサルのようなブルシットジョブが、資本主義生産の臨界点を示してる事などなど。

資本主義の何が悪いのか、理想の社会像とはどういうものかということを1から知りたがっている若者に、大きな武器となる知恵を授ける本である。



本書の最後に斎藤幸平は2010年代が革命の時代だったと言う。
より正確には、反動保守の厳しい時代に
革命の種がまかれた時代だったという認識だろう。
私も同じ思いだ。

しかし資本主義は今、ウクライナ戦争によってまた延命されようとしている。柄谷行人も指摘するよう資本主義は構造的に恐慌と戦争を引き起こしながら延々と回り続けてゆく。

本書でも引用されたが、思想家フレドリック・ジェイムスンが言うよう、資本主義の終わりより、世界の終わりを想像する方がたやすい。

資本の洗脳は特にこの半世紀で
パンデミックのように
世界に広がってしまった。

だからこそベーシックインカムのようなトップダウンの強烈な一撃が必要になる。人類を資本の深い眠りからたたき起こさねばならないのだ。

1960年代の若者たちが世界中で政治闘争に敗れて以降、ボランティアのどんなに清き草の根活動も、ポップカルチャーのどんなに美しい試みも、資本主義と悪政を倒すことはできなかった。

それが分かった今、最も必要なのは、もうこれ以上、政治から逃げないという強い意思に違いない。

日本でもどの国でも第一に革新的な政治家や政党によってトップダウンの一撃がなければ、BIの実現も未来もない。日本ではまず自民党の腐敗しきった長期政権を終わらせねば、何も新しいことは起こらない。

デモでもテロでもない。選挙で勝つこと。
大きな改革を果たす第一歩は、結局これしかない。

大規模な核戦争か重大な気象災害の方が資本主義を倒す可能性は高いが、そんな未来には私もあなたも無事に生きていられる可能性は極めて低い。■

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