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しくったわ。

昨日のこと。

購入した「加湿空気清浄機」が私のミスでただの超音波式加湿器だと気がつく。     
しくったわ。

通院加療で会社を休まねばならなかったので頭が混乱していたのだろう。

はて。昨日会社に連絡したのかすら朝はわからなかった。

会社に行く準備をし、頭の中は加湿器と空気清浄機を間違えたのでお店が商品変えてくれるのだろうか、など雑念だらけでバス停へ歩いた。

交通量が少ない。スマホを確認したら日曜ではないか。アホなのか私。

曜日の感覚がずれていた。
テレビも観ないとそうなるのかもしれないな、しくったわと一人、通りには誰もいなかった朝なのでケタケタ笑ってとりあえず部屋に戻った。

さて。

加湿器をみながら考えた。

お店に素直に事情を話して謝り、返品してから同じお店で空気清浄機を買うことにした。

お店は、親切に対応してくれた。

暑い。

身体に陽射しが強すぎて目眩がする。帽子は被っていたものの、手の甲は日焼け止めを塗り忘れていた。

しくったわ。

赤くなった手の甲のピリピリをなんとかしなくちゃ、と空気清浄機を抱えて歩く。私は運転免許はあるが自動車を持たない。通勤も公共交通機関を利用している。

スーパーも近い。コンビニや病院も近い。普段は便利だ。

しかし予想以上の陽射しに灼かれて日傘も日陰もない道を歩く羽目になった。

しくったわ。

あ、そういえば紅茶が切れている。カフェで休ませていただいてアイスティー飲んで茶葉、買おう。あまり行けないお店だし、あの茶葉好きなのよね…。

大きな箱は迷惑かもしれない。昨日も荷物抱えて寄ったから迷惑だと思われるかもしれない。

ままよ、と空気清浄機は外の敷地に置かせていただいて店内に入った。

年に数回しかいかないお店に連日で寄るなんて考えてなかった。

常連さんらしい御婦人がカウンターでコーヒーを飲んでいらした。

店主のマダムには昨日、私のケガの話や身に起きたことを悔やんでいたので私はつい、油断したのだろう。

手の甲の日焼けの痛みと暑さの目眩はつい顔に出ていたのだろう。

マダムと御婦人が不快に感じたのだろう。 

その痛みと目眩のせいだけだった。
お手洗いをお借りして流水で手を洗う。たどり着きただ安心した。ここまで来たら部屋はすぐ近くだから。

アイスティーをオーダーしてから少しの雑談から変な方向に話が向かい、なぜだか私の表情に矛先が向かった。

ちょっとさあ、ゆーさん何故そんな負の顔してんのよ、ふ、幸せは来ないわよ陰の気出して。

私は言葉に困り、選んで話さねば、と焦った。つい自分の口癖が、心の中のもうひとりの自分の声で囁いた。          ……しくったわ。

そりゃあさあ、いろいろあるわよ?うちはこんな◯◯な事情よ?みんないろいろ抱えてるの!きついようだけど私はこんな病気しながら仕事してるの!うちの子はこんな病気してるのよ?

……。いらない情報である。

女性が三人いたらよくあるパターンだ。
しくったわ。

前を向きなさいよ、昨日はさあ、悩み聞いてあげたわよ?

…たしかに私は誰かに叱ってほしかったのかもしれない。

口をついて出てきた言葉は
「いや、この季節クチナシが咲いてるかもしれないので陽が落ちたら散歩にでも出かけましょうか、とか考えてますが…。」

クチナシ?暗いわね?あの歌も嫌いだわあ。

……。

クチナシ。ガーデニアは私の母が好きで庭に植えていただけだ。香りは本当に良い。八重咲きのクチナシはツバキやバラのようで素敵だと思う。連想ゲームのように私の口から出てきた言葉。

「…なんとなく母が恋しくて。」

心の中の私が早く紅茶買って帰ろうよ、と半泣きになっている。
店を出るタイミングがつかめない。

しくったわ。小さくつぶやいたがお二人には聞こえたか、わからない。

ならお墓参り行きなよ、クチナシ眺めたいなら鉢植え取り寄せたら?いい年して今更お母さんが恋しいなんて。私も早くに母を亡くしてるよ?
そうそう私も早くにだよ?

……。墓参りか。

行けるならとっくに行っている。

けんもほろろに言われながらも。
無理に作る笑顔がひきつる。

いくら素敵に部屋飾ってもそれじゃあ福は来ないわよ?

ちなみにマダムも゙お客様の御婦人も私の出身地が住まいと離れていることも知らない。
車を持たないことも知らない。

浸潤がんであることも知らない。

話す必要ない話題だ。重すぎて笑えやしない。

常連らしいお客様の御婦人が帰ったあとにとりあえず、茶葉を、それから会計お願いします、と笑ってみせたがまだ初夏の陽射しは残酷にアスファルトを灼いている。

普段なら日傘でもさしているんだけどな、と会計済ませて帰りかけたらマダムから声がかかった。

ねぇきついこと言っちゃったけどほんとよ暗いわ、それじゃダメダメ。お店に陰の気はいらないの商売していてお金もらってきつすぎること言っちゃったけどね、今度またそんな顔していたら帰ってね、って言うわよお。元気出さなきゃ。ねぇ。ね!

ありがとうございます。そうですよね。いつも他人にはそう言うのですが誰かに叱ってほしかったのかもしれませんね。

頭を下げて茶葉と空気清浄機抱えて靴が溶けそうなアスファルトを歩く。手の甲は日焼けで痛む。

クチナシもひどい言われようだ。鉢植えならすでに部屋にある。

不快に感じたのだろう。
申し訳ないな、だけど家電は交換してもらったからよしとしなくては。交差点の赤信号の合間、茶葉の生産社を眺める。 

あ、今更か、
これネットで買えるわ。まいったな朝からこれか。間違えてばかりだわ。たぶんマダムに会うことはもう二度とない。

私の口癖になってしまった言葉。
交差点を渡りながら一人で呟いた。

       …。   しくったわ。


                       ゆー。

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姫崎ゆー
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