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「何者にもなりたくない」~後編

彼は何を考え 今を生きているのか
あれから彼はどうやって生きてきたのか
今をどう見ているのか
それを知ることは
私が見えない自分を知ること
私は何か勘違いをしている
何か端然たる大事なことに気付いていないような気がする

そう思い 彼ともう一度会うことにした
それもできるだけ早く
のんびりとまたいつか会える時ではなく

もしかしたら 何かおかしい自分がいて 
彼と対話することで早く知りたい できるだけ早く確認したかった

私は無理をお願いして彼に会った
互いの休日に会うのは難しく 私はかなり離れた場所にある彼の職場まで行った 
仕事終わりの彼と近くの公園のベンチに座り 一時間ほど話した

美大時代に同期の中でもあれほどに才能があって なぜ卒後にすぐ制作をやめてしまったのか
なぜあれほどに頭がよかったのに 官民的な何かしらの固定職に就かなかったのか
あんなに頭がよかったなら 今頃は出世して
何らかの役職に就いていたのではないか
なぜなぜ続きの私は 
彼が私よりはるかに勝り 何でもできる能力をもっているのに なぜそれをもってして仕事やクリエイティブなことに自己を追求しないのか それが不思議でならなかった

なぜ 職を転々として 公共施設を管理する臨用職員に今も止まり続けるのか それが不思議でならなかったのだ

彼は
「何者にもなりたくなかった」
と言った
美大を卒業する前からそう思っていたと

私は彼に
「確かにそう言っていたね 覚えている」
と返した
続けて
「それ どういう意味なの」
と問い返した

彼は言った
人はなぜか 何者になると決めて生きている
そして何者かになって生きている
スポーツ選手になる 画家になる 医者になる 先生になる 会社員になる 議員になる 建築作業員になる 運転手になる 弁護士になる 開発者になる 
様々に何者と決めて生きる

それが自分は解せなかったと言った
人間はなぜ何者と決めて生きるのか
なぜ何者に決めて生きねばならないのか
その意味がどうしてもわからなかったと
人はみな それを当然として生きている

自分はその「何者か」というものにはめて生きることができなかった と言った 

「何者でもない人間でありたかった」
「何者でもない自分で生きたかった」と

彼は卒後にすぐに就いた養護学校の臨用職員も 人からの紹介だったが 何か違う と感じて辞めた
次に手先が器用だった彼は 木工細工が特に秀でていて 家具を作る木工職人ならばとやってみたものの やはり辞めてしまった 
何かが実際とは違ったらしい

いろいろなバイトも試しながらも
今の公共施設で勤める仕事の 職員募集を目にして現在に至るらしい

彼が言うには
私が言うほどの能力などない
買いかぶりすぎだと
自分に何か資質や能力があって それを生かし 何かを成してやろうなどまったく思っていないと
日々を慎ましく贅沢せずに暮らせていければそれで充分だと言う
今の仕事はそれを実現するに充分で 自分の生活リズムとライフスタイルに丁度いいと

車好きで運転が上手かった彼は とうの昔に車は手放して 生活が楽になったと言う
今は徒歩や自転車でゆっくり景色を眺めて移動するのがちょうどいいと
休日に奥さんと出かけるときは電車やバスで行き また景色を楽しむと言う
また出かけるにしても お金をかけることはせず 緑のある公園へ出向き いつまでも木々や空を眺めて過ごすらしい
そんな時間がとても大切で充実して楽しいと言う
一日をそんなのんびりして過ごせることが幸せに感じると

お金をかけない生活
もっと言えば お金や物に頼らない生活
お金に依存しない生活
彼はそれを充実という
節約したお金で習い事を楽しむ
奥さんはお琴 彼は三味線
お稽古に通うのが一番の楽しみという

そしてもっと身近にいろんな楽しみ方があると言う
私は彼の言うどれもが新鮮でたまらなかった
彼の生活の味わい深さを素直に感じ また羨ましくさえ思った

彼は自分の生き方を 
その生活を大切にしている

人や社会という世間と比較することなく
時を大切にして
今を過ごしている

彼は今 働いている公共施設で頼まれて
お年寄りを対象にした絵画教室を開いているらしい
彼はずっとそれまで絵から離れていたが
お年寄りにおしえるために 
お手本で描かなければならず
今になって初めて絵は難しく
そして楽しいと感じるらしい
何でもない目の前にあるものを描いたり 
木を描いたり
なんでこんなにも難しいのだろうと 
あの美大時代よりも 
今になって感じると言う

だからもっと あの美大生の時に描いていればよかったと
あんな有名な画家の先生たちがいたんだから
本気で教わっていればよかったと 
人生でもったえないことをしたと
今になって初めて すごく恵まれた環境にいたんだなと
あの頃はほんとにバカで 全然わかっていなかったと
あの有名画家の教授陣を
その辺にいる普通のおじさんのように思っていたと

あの頃の若さとバカさに
二人で痛みながらも笑った

私と彼は感じていた 
絵を描き続け やめないという
そんな強靭なタフなメンタルなど 
自分にはなかったと
だから一線を越えられず 
制作から逃げてしまったと

そんな私と彼は ひとつの約束をした
こうして一線を越えられず
絵から逃げてしまった二人だが
細やかに絵を描き続けようと
誰に認められる必要もなく 
発表や審査もない 自分のために

そうして描きためた 細やかな作品たちを集めて どこかで二人展を 二人の作品展を開こうと

私はそれが漠然として そして密かな楽しみになっている
互いに50歳をとうに過ぎて交わした約束

実は正直 私は未だにわからない
自分がどうしたいのか
何をしたいのか
どう生きていきたいのか
まったくわからないし 見えない
今までずっとわからないままに生きてきた

それは 
もしかしたら
「何者にもなりたくない」
と 無意識に心の奥底で
思っているのかもしれない…


2024年7月2日































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