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成城石井は私にとって

 成城石井は私にとってホストクラブだ。行けば散財してしまうと分かっていながら行くのをやめられない。つい、はちみつ漬けのナッツを買ったりしてしまう。はちみつ漬けのナッツなんて食べなくても生きていけるんですよ! 全然必需品じゃないんですよ! でも、はちみつもナッツも大好きな私は、はちみつ漬けナッツの前を素通りできない。成城石井はそんな誘惑に満ちている。

 母が心筋梗塞を起こした。やぶから棒な。残念ながら世の中の多くの不幸はやぶから棒だ。

 高齢の母に手術は難しいと、医者ではなく「私がほぼ独断で」判断し、薬だけで治療することになった。それが正しい選択だったのか、今も分からない。悩んだし落ち込んだし苦しんだ。

 早々に退院して入居している老人ホームに戻ると、ケアマネージャーさんも看護師さんたちも少々困惑している様子だった。心筋梗塞になったのに手術で治さないで帰ってきて、
「急に死んじゃうかもしれないけどよろしくお願いします」
 と頼まれたら困るだろう。すみません、すみません、と謝って、母の様子を見にこまめに老人ホームに通おうと決めた。

 退院直後、母の体には強い痛みがあった。横道にそれるが(ずっとそれっぱなしだが)大事な話なので書いておこう。心筋梗塞になったら心臓が痛むと思うでしょう。母の場合、最初は歯だった。右上の奥歯とか前歯といった特定の歯ではなく、
「歯が全体的に痛い」
 と私に電話をかけてきた。その後、のどから胃にかけて変な感じがすると言い、首と肩が張ると言い、最終的には背中が、
「イタタタタ!」
 と叫ぶほど痛み出した。この痛みは4日間の入院中ずっと続き、退院後も改善するのか分からなかった。

 私が手術を断ったせいで、母は苦しみ続けるのかもしれない。悩んでいても落ち込んでいても私は主婦。夕飯を用意しなければいけない。老人ホームから自宅への帰り道に、成城石井がある。私はサーモンと玉ねぎのサラダと、スモークされたラクレットチーズを買った。合わせて食べると美味しい。別の日には、きのこのサラダとシューマイを買った。海原雄山なみに美食家の夫も、成城石井のシューマイは喜んで食べる。

 ああ、自宅と老人ホームの間に成城石井があって良かった。成城石井はホストクラブじゃない。今の私には必需品だ。心がヘトヘトな状態で料理を作るのは辛い。だからといって美味しくないものを食べたらますます元気がなくなってしまう。成城石井のお惣菜は我が家の食卓を救ってくれた。

 母の心筋梗塞は幸い軽めのものだったようで、体の痛みは少しずつ治っていった。私も心に余裕が出来て、母の所に行った日にも料理をするようになった。成城石井のお豆腐は近所のスーパーのものより美味しい。そうだ、今日は湯豆腐にしよう。成城石井の商品はどれも魅惑的なので、あまりよそ見をしないようにしなければ。ハッ! なんて美しい夕焼け色の干し柿! これは無視できない。ギリシャヨーグルトとくるみを混ぜてシナモンの粉をかけよう。

 湯豆腐はほっとするあたたかさで、干し柿ヨーグルトはもう、パティスリーを名乗っても良いんじゃないかと思うほど重層的な美味しさ。どちらも成城石井に寄らなければ作れなかった料理。老人ホームと自宅の間に成城石井があって本当に良かった。

 ほとんどの会社は特別な活動をしなくても、いつも通りの仕事をきちんとやってくれるだけで、人々の生活をちゃんと助けてくれる。

 母を心配する日々は、母が生きている間、ずっと続くだろう。成城石井で必需品や、必需品じゃないけど美味しいものを買いながら、少し苦しい毎日を生き抜いていこうと思う。

※退院後、母の主治医に相談したところ、やはり手術は難しいかも、という結論になりました。高齢者は手術や入院で心身の機能が低下したりもするので、難しいですね。今のところ母は元気です!