【画廊探訪 No.047】過去にも未来にも跳ぶを拒んで――吉川雅基作品に寄せて――
過去にも未来にも跳ぶを拒んで―――吉川雅基作品に寄せて――
襾漫敏彦
それは、ひとつの衝撃(インパクト)である。存在の圧力、模写を超えようとするいきどおりであろう。
吉川雅基氏は、雪深き地に生まれた日本画家である。元来、現代美術に志しながらも、その手法は、襖等の表具に根ざす所も感じられる。北陸に展開した加賀藩の伝統にも通じるのであろう。
しかし、あの地鳴りと津波は意識を一変させる。彼はその地に立ち、実際に現れているものを前にする。事実は、既に動かない。現象は、そのまま実在である。理念や理想というものが、いかに軽く薄いものであったか、ありのままの世界に戻っていったのであろう。
彼は、今、闇とでもいうべき黒い漆を画布の全面に施し、その上から銀の箔を押しつけていく。彼は、そのようにして、あの日以来、取り残された骸の如き風景を写生していく。作品は、丁度、モノトーンの写真のようであり、現像液の中で浮かびあがったのは、凍結された時間の影かもしれない。
吉川氏は、物体のない虚空の部分を銀箔で描出し、実在する物を黒い余白として表現する。それは、木版やメゾチントに似た技法であるが、彼が箔を押す虚空は人の様々な営みの欠片が満ちていた空間である。意識してか、せずか、丹念な作業は、過去への自惚れも、未来への盲信も拒絶する念仏や止観の行のようでもあり、南の島に残る骨洗いのふうぞくのようでもある。
日本人には、水に流すというエートスがある。しかし、それは誰かにいわれて成せるものではない。得心するまで、心と肉体を叩き続けるしかないのである。
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震災後、何度も東北を訪ねて、その体験を通じた作品を発表されていました。明確なサイトは見いだせなかったのですが、興味のある方は、探してみてください。