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【画廊探訪 NO.119】あのときの私に、眼差しを向けて――榎谷杏子展『まいにち』 に寄せて―

あのときの私に、眼差しを向けて
――榎谷杏子展『まいにち』 JINEN Gallery に寄せて――
襾漫敏彦
 今日は明日となり、明日はまた次の明日になる。私の今は、飛び石を踏むように、今日から明日へと進んでいく。そして、今の今日は、日々、かつての方へと通り過ぎていく。

 榎谷杏子氏は、日常を表現する日本画家である。彼女は身近にある風情の色持ちを、潤いや輝きという揺らぎを抑制したマットな具材で表現していく。
 榎谷は、今日の個展で、二種類の作品を展示した。一方は、十センチ程度の方形の小ぶりの作品群で、一七〇枚を越える。それが奥の壁に七枚カケ二十五列で、タイルのように並べられていた。それは、これまで、折りに触れては描き続けた作品であり、その時ごとの彼女の想いが満ちている。
 対となる壁には、普通の大きさの画布(キャンバス)に描かれた季節の風景をモチーフとする作品が、日記のような作品達を取り囲むように展示されている。これらの作品は、画面の上に、白いドットの格子が数層重ねて表現されている。かつて自分がそこに居た景色が、記憶の中で一歩づつ離れて薄らいでいくかのようである。

 記憶は、回想されるとき、美しくも醜くも思い出すことができる。それは、ややもすれば、誰かの思惑が滑り込み、容易く改竄されるものでもある。
 榎谷にとって今回の個展は、出産し母となって初の個展だそうである。ひとりの少女が人と出会い母となった。世界は大きく変わる。どの時の自分が自分なのであろうか、求められる姿が自分でいいのか、本人でも答えれるものではない。
 くり返される日々の中で、漂うように自信と不安が交差する。榎谷は、薄らいでいく記憶のなかで、取りこぼしかねないあの時のわたしをつなぎとめるように、まいにちの記録を読み直す。

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