【画廊探訪 No.082】物がまとう記憶を辿って ――山嵜雷蔵氏個展に寄せて――
物がまとう記憶を辿って
―――羅針盤 山嵜雷蔵氏個展に寄せて―――
襾漫敏彦
私の幼い頃にある長崎は、坂と小路の多い港街であった。昔ながらの街並みの一寸曲がる路地の奥には、何ものかが隠れているような心持がすることがある。
山嵜雷蔵氏は、若き日本画家である。彼は靄の中に浮かんだぼんやりとした影のようなもの描いている。とは言え、境をぼかしていく手法を使うわけではない。間近に寄れば、そこには明確な線が引かれている。
日本画を特徴づける岩絵具には、他のものとは違った質感がある。色を染める、布に塗るというよりは、そこに座るという感じかもしれない。あえて喩えれば、水彩の陽光の柔和、油彩のまとう光輝、それに対して、物として大地にあることとでも言おうか。
表現は観念的なものである。しかし、物というものは、確かにある。人を越えてそこにある。けれども意識のイメージの中で、人は物を捉える。“物体”に心奪われるとき、僕らはイメージの迷宮の中で、道を失いはじめているのかもしれない。
山嵜氏は、岩絵具で、具体的な象を壁画のような手法で描いていた。彼は一歩を踏み出して物体のフォルムにまとわりついている幻影に、その筆先をのばしたのであろう。
イメージは、出会い、交わり、葛藤を通して造られ続けている。だから、イメージの中には、これまでの過程が折り畳まれている。多くの文化の交差が、交流・戦乱・破壊そして再生として現れて、物の後ろにまとわりついている。僕らは、そういう迷宮の中に生きているのだ。