日本のアンデルセン、小川未明童話集
小学校の何年生の時だったか、風邪で学校を休んだ日のことだ。とにかく学校が好きだった私は「学校に行けない=損をしている」としか思えず、その時間みんなが学校で体験しているであろう楽しいことを想像し、置いてきぼりになっている自分が可哀想だと感じていた。つまらなそうな顔でもしていたのかもしれない。そんな私に「本でも読んだら?」と母が渡してきたのが「小川未明童話集」だった。
「日本のアンデルセン」「日本児童文学の父」と呼ばれた小川未明、私はそれまで「赤いロウソクと人魚」くらいしか知らなかった。人間は優しくて住む町は美しい、そう聞いた人魚が自分の子供を人間に託そうと陸の上に生み落とす。人魚の赤ん坊を拾った老夫婦は大切に育て、成長したその子は老夫婦の商売を助けるのだが...。悲しい結末だけど幻想的で大好きな話だった。
風邪で学校を欠席したこの日、私は初めてその他の物語も読んだ。「野ばら」は大きな国と小さな国の境にある石碑を守る老人兵士と青年兵士の物語。野ばらが咲き蜜蜂が舞う国境で2人はかけがえのない友人となったのに、互いの国間で戦争が始まってしまう。野ばらは枯れ、生き残ったものも国境を去り物語は幕を閉じる。特に読み手を泣かせようとした書き方でもないのに泣かされる、そんな物語もあるのだと私はこの話で知った。
「金の輪」は忘れられない。病気で臥していた太郎が、金色に光る輪を回し走る見知らぬ少年に出会う。金の輪は鈴のような音色をたて、少年は太郎に懐かしげな微笑を投げかけてくれた。太郎はその晩、少年と一緒に金の輪を回しながら走ってゆく夢を見るが...。金色の輪を回しながら赤い夕焼け空に駆けて行く2人、想像するとすごく寂しくて、でもどんなに綺麗な情景だろうと思う。
「月夜と眼鏡」の情景描写もすごく綺麗だ。穏やかな夜がこう表現されている。「月の光は、うす青く、この世界を照らしていました。なまあたたかな水の中に、木立も、家も、丘も、みんな浸されたようであります。」淡い水彩絵具で描かれたような幻想的で美しい月の光に自分も照らされているような気分にさせてくれる。
何事もなく淡々と終わる話もあるし、教訓めいた話もある。暖かい穏やかな話もあれば、最初から最後まで寂しい話もある。どの話にも私は引き込まれて夢中になって読んだ。その日友達たちが学校で習ったり遊んだりしたことは経験出来なかったけれど、私はその代わりにこの不思議で奥深く、優しくて物悲しい物語の中に旅をしてきたのだから、学校を休むのは損ではないのかもしれないと思った。今でも本棚からこの本を手に取るたびに、あの風邪の日を思い出す。