『ラストマイル』 映画鑑賞記録
野木亜紀子さんの脚本作品が大好きです。
どうしてそんなにも観客を楽しませつつ考えさせ、無駄のないストーリーを作れるのですか?
脚本家 野木亜紀子
鑑賞後の気持ちの昂りを文字に起こす前に、野木さんとの出会いを振り返る。
最初に観たのは『図書館戦争』のシリーズ。私が学生時代にハマって読みまくっていた有川ひろ先生の作品が実写化されたため、大学生の頃に映画館へ観に行ったことを覚えている。
その頃から少しずつドラマや映画を観る機会が増えてきたけれど、脚本家について意識することが無かったため野木さんを知らずにいた。
※ "先生" と"さん" に言葉の差異は無い。学生時代、呼び捨てにして呼んでしまっていたことから、さん付けに違和感があり、小説家は"先生" と呼ばれるイメージもあったため、この書き方としている。
その後『逃げるは恥だが役に立つ』(2016年放送 原作:海野つなみ 脚本:野木亜紀子)にハマったものの、野木さん初のオリジナル脚本『アンナチュラル』(2018年放送)は当時観ていなかった。放送の1年ほど後に友人に薦められて視聴した結果、全10話をほぼ一気見するほどに没頭。そして『MIU404』(2020年放送)は回を追うごとに面白さが増していき、最終話はもう圧巻。
野木さんが次のnoteを残してくれていた。
野木さんにオリジナルを作るよう促してくれた土井監督、松重さん本当にありがとうございます。お陰様で素晴らしい作品に出会うことができました。
そしてnoteを読んでいて気付いたことだけど、有川ひろ作品を愛する私が野木さんに裏切られたと感じたことは無かった。同じ原作者の作品を続けて手掛けているということは原作者が脚本家にNGを出していない証だと思うから、原作を大切にしてくれている脚本家であることも本当に嬉しい。
以下、ネタバレを含む記録
思い出せる範囲で印象に残ったシーンや思ったことなどをキャストごとに記載していく。
ネタバレを含む記録となっているため、本作を鑑賞し終えた方のみお読みください。
舟渡エレナ(満島ひかり)
そんな自分本位に生きていたキャラクターが少しずつ変わっていく。最終的に下請けを含む運送業界を巻き込んで、自社の利益率を下げてでも働き方の改革に踏み切ってしまうほど。中々やれることじゃない。エレナは満島ひかりさんをイメージして描かれたキャラクターだというから更に興味深い。自分本位ではあるけれど、仕事を回しやすくするためには部下(梨本孔)とのコミュニケーションとることを意識しているのが見てとれるキャラクターであって、それがわかる脚本、そして満島さんの演技が素晴らしい。
エレナの仕事を止めない感じもすごい。3ヶ月休職していたとは言えど、さすがは福岡じゃなくて本部から来ただけある。機転の良さって言葉じゃ足りない気はするけど、めちゃくちゃ機転が効いてる。普通の人は帰る暇が無いからって倉庫の物を買い落としたりしないだろうし、爆発物をスキャンするための機械をポチッとなんてしない。そして、爆弾が見つかった時も一時的に止めつつも、上司に安全責任を押し付けて仕事を再開させようとするあたりは心に鈍く響くものがある。
打って変わって物語冒頭の、エレナの出勤シーンで流れる曲『LAST MILE DAILY FAST』は、オーケストラが始まる時のような音で朝の始まりを感じさせる。得田真裕さんの劇中曲最高。『MIU404』に引き続き担当してくださってありがたい限り。爆弾のシーンで使われているサウンドでは、荒い息遣いが入ってるのが緊迫感を強めており、観ていてヒリヒリしてくるようだった。
梨本孔(岡田将生)の働き方
せっかくブラック企業から抜け出したんだから、与えられた仕事だけをホワイトな労働基準で無難にやりすごしますよ。そういう働き方を求めていたんだから。
公式サイトに書かれていたが、孔は入社2年目のチームマネージャーとな。えーと、それでセンター長に任命されてしまうって……もちろんブルーパスの2年目とは違うでしょうけど、筧まりかもブルーパスで2年働いていたんだよなと思い出す。
ブラック企業から抜け出したと思ったら、今度は自殺者も出ている企業で更にプレッシャーの掛かる役職を任されるだなんて気の毒でならない。
佐野親子と健康
(父:火野正平 息子:宇野祥平)
やっちゃんは働き過ぎて死んだらしいけれど、自分の健康を守る最後の砦は自分でしかないとは思う。しかし環境に左右されてしまうのはどうしてもあると思うし、人によっては健康よりも親父さんみたいに生きがいの方が大事なことだってあると思う。ただ山崎みたいに身体に気を使えるほど頭が回らなくなっていることも考えられるから難しいところ。
健康とは関係無いが、洗濯機に感動させられるとは思ってなかった。息子の働いていた電機会社が倒産してしまったこと、作っていた洗濯機の特徴までも布石にするとは……見事な繋ぎ合わせで何一つ無駄のないエピソードに脱帽。もしかしたら、息子も配送業務には体を張らないにしても、電機会社の危機では体を張っていたのかもしれないと考える。
映画を観て、1週間経たずに次のニュースが流れた。JR貨物がデータ不正により運行中の全貨物列車がストップ。調べてみると昨年の国交省のデータでは鉄道輸送のシェアは全体の5%ほど。鉄道輸送の99%がJR貨物だというから、そのまま約5%の運送遅延が見込まれると考えられる。その後まもなく再開のニュースが流れていたが、長く続いていたらと考えると不安を覚える。
松本家の母(安藤玉恵) と 山崎佑(中○倫○)
松本家の母。自分が妻としても母親としてもダメだと電話で嘆くシーン。無くたってストーリーには何ら影響しない。
だけど、このシーンはエレナの電話シーンと同様に重要な意味を持つ。その答えはエンドロールの終わりに以下の注意書きになって提示されていた。
"心の悩みがある人は専門機関や支援団体に相談しましょう"
野木さんか他の方かはわからないけれど、誰かが必要だと思って本作に2人の電話シーンと注意書きを入れたと考えると愛を感じる。
一方、山崎佑(中村倫也)には彼女はいたものの、飛び降りてしまった。少しだけど気持ちがわかる気がする。ギリギリの状況に陥っている時は視野が狭くなってしまいやすい。私も仕事が辛い時に、今この場に隕石が落ちてくれば良いのにって本気で思ったことがあるし、車に轢かれたら休めるのにと思ったことがある。そういうギリギリの状況に陥らないための働き方が大事と示された気がする。
五十嵐道元(ディーンフジオカ)とレール
ラストシーンで五十嵐は焦った表情で倉庫の中、上層階を走り回っている。詳しい説明が無いため、どう受け取ればいいのか考えてしまったけれど、ホワイトパスを倉庫の手すりの上を滑らせるのは、ベルトコンベアを比喩しているように感じた。手すりの溶接部の引っ掛かりでスムーズに動かず止まる所が映し出されたが、それは山崎の落下でベルトコンベアが止まった時を思い出させた。ジムでエレナに詰められた時は強がっていたように見えたけれど、倉庫で下を見下ろす五十嵐は今にも飛び降りそうな危うさが見えた気がした。
エレナに「私たちは同じレールの上にいる」といったことを言われていた気がするが、DAILY FASTの管理職として同じレール(ベルトコンベア)を進んでいても、山崎は自殺、エレナは休職→復職→改革からの退職と行き先は人それぞれ違う。終盤でエレナがサラに伝えた「まだ爆弾はある」といった言葉の通り、エレナの働きで配送業界の配送料金(≒賃金)が上がって無理に働かなくても済むようになったが、DAILY FASTの働き方は変わっていない。そのことを考えると五十嵐に限らず、将来的に山崎と同じ悲劇を辿る人が出てくることを示唆する言葉だったのかもしれない。
おわりに
この映画はエレナの通勤で使われた多摩モノレールが見え、広範囲に配送センターや運送トラックが見える駅のすぐそばにある映画館で観た。
映画が終わったのは20時を過ぎた時間だったため、映画館のそばで夕食に海鮮丼を食べたが、その際に運送トラックが並んでいる光がよく見えた。
今や海が遠くても生の魚を食べることができて、携帯片手に世界中のあらゆるものが注文できる世の中。そのうえ昼間は家を空けているからと配送時間を夜に指定することも出来る。普段は当たり前のことだけど、この作品を観たことで立ち止まって感謝することができた。
少し前にUber eatsの配達をやったことがあるが、1番遠い運搬で片道8.2km自転車を漕いで1件569円だった。1時間弱自転車を漕いだことから、時給にして大体600円。逆にたった300m漕いで333円という割りの良い配送もあった。それだと時給換算で約2500円。しかし全部が全部そう上手くはいかない。間をとって時給1,500円と考えると1日8時間週休2日で月給24万円ほど。なんとも微妙な金額。
このnoteを書いている間にXでホワイトカラーとブルーカラーの話題が上がっていたが、その中に "肉体労働に就けない人に必要なのが学歴" というのを見つけた。運送方法は自転車だけじゃないし、働き方は人それぞれだから極論になるけれど、平日毎日8時間も自転車を漕げる人間がどれだけいるかって話。
物流の2024年問題なんていうのも言われているけれど、4月から約半年経った今の時点で運送業に関わっていない私が変化を感じたことは特にない。今もどこかで歪みは起きているのかもしれない。