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『空中ブランコのりのキキ』 観劇記録

キキがチラシを配ってくれるなら、そりゃあ笑顔で受け取ります。というか受け取りに行って良ければ全力で受け取りに行ってた。
ただ、もし受け取れていたら観劇の記憶は全て飛んでしまっていた気はする。

作家: 別役実

作家の別役実さんが書かれた『空中ブランコのりのキキ』『丘の上の人殺しの家』『山猫理髪店』(童話集)より『愛のサーカス』の3作品を掛け合わせてできたのが今回観てきた『空中ブランコのりのキキ』だ。
最近だと『カラカラ天気と五人の紳士 』の舞台も原作は別役さんだというから、何となく不思議な世界観を描く作家のイメージを思い描いていたけれど、この不思議な世界観は "不条理演劇" というものらしい。そして別役さんは不条理演劇の代表的作家だそうだ。
今回、初めて別役さんの作品に触れた。しかし、子ども向けの音楽劇に仕立てられていても、私にとってはやっぱり不思議な世界だった。
たぶん「まるで世界のような世界」といったキーワードを違和感無く受けとめられる人が、本作を最も楽しめる人だと思う。頭が固くて、条理を求めてしまうことから離れられない人が最大限に楽しむのは難しい気がする。子どもの時にはあったかもしれない柔軟な感性を呼び戻せたら良かったんだけど仕方がない。
このキーワードは一見誤っているように見えるが、不条理だからこそ正しいのだと思う。ロロの言う「失敗は成功」のような正しいけれど誤っている言葉。これも不条理なんだろうなとわからないなりに想像する。
もちろん不条理をうまく理解することが出来なくても、夢の中のような素敵な世界を味わうことが出来たため十分楽しむことは可能だった。
また、別役作品にはアイデンティティを失った人が描かれることが多いらしい。これも本作で重要なポイントとなっていて、私は不条理演劇を理解するのが苦手な分、アイデンティティについて考えることはできた。

アイデンティティと死生観

オリジナルで組み込まれたシーンでキキが語る「3ヶ月後には死ぬ病気って言われたら、いつ死ぬか不安で自分で死ぬ時を選べたら嬉しい」という死生観は、子どもにも想像しやすく分かりやすい言葉だと思う。
そんな死生観を語ったキキが自身のアイデンティティとなっていた3回転宙返りの価値を失った時、死んでもいいからと4回転宙返りに挑戦することを選ぶ。
その時にキキが語る「私は失敗したくない」という言葉に心打たれた。
「死にたくない」じゃなくて「失敗したくない」と口にすることで、死ぬことよりもアイデンティティを失わないことがキキにとって大切であると強く表現されていた。自分にしか出来ないこと、そしてそれを他者から賞賛されることまでをアイデンティティとしているキキには「生きているだけで良い」とロロに語られても響かなかった。

上記のインタビュー記事で、ゆうみちゃんが似たような経験について語ってくれている。

コロナ禍で、私たちの生きがいとしている職業が“不要不急”と(世間から)された時に、妹が“お姉ちゃんは生きてさえいてくれたらいい”と言ってくれたんです。“この状況がつらくなったら他にいくらでも道はあるし、やめたかったらやめていいんだよ。お姉ちゃんの生き方は何通りもあって、これが全てじゃないよ”と。
その時、妹が私の存在そのものをぎゅっと抱きしめてくれた感覚があって、彼女のお陰で(コロナ禍にあっても)私は心を保てたのだと思います。

インタビューより抜粋

インタビューで語られていたゆうみちゃんにとっての妹が、本作のキキにとってのロロだったように思う。しかし、キキは "失敗せずに飛ぶこと" にとらわれたまま価値観を変化させることができず、4回転に挑戦して鳥になって消えてしまう。
「死」という形は取らず、物語は物語として終わる。この結末、わからなくはない。むしろ児童書として理解できる結末だ。
ただ、私はキキが変わるさまを見てみたかった。私はキキと同じで自身の価値を見失いやすく、生きる意味について考えてしまうことがある。そのため、観劇することで作品を通して考えや気持ちに変化が出ることに期待していた。
しかし、もしキキがロロの言葉で容易に価値観をアップデートしてアイデンティティよりも命を優先させていたらどうだっただろう。逆に自身の価値観を否定されたような気持ちになってしまった気もするから、これで良かったのだと思う。人の心って不条理なところがある。

一方でロロ。ロロの生い立ちについてのストーリー(こちらも原作に無いオリジナル)が描かれることで、キキとは対比的な価値観に説得力を持たせていたように思う。
そしてもう一つ『丘の上の人殺しの家』をアレンジしたキキの父親についてのオリジナルストーリー。原作ではキキと同じ空中ブランコのりであるが、本作では綱渡りに変わっている。
綱渡りをしている時の心情の変化を "みんなには聴こえない" という体をとってナレーションにしたのは良かったと思う。父親を演じたのは吉川健斗さん。サーカスのプロであって俳優ではない。もちろん俳優としての才能もあるかもしれないけれど、きちんと役割が分担がされていることで自分の仕事に専念できるというのはあると思う。
この父親のシーンだが、たしか死にたくなくて不死の薬を飲んだのに、不死が保証されると次は死にたくなってしまう。しかし、薬の効果を疑った途端に死ぬことが怖くなる。そんな恐怖を感じつつも無事に演技を成功させるが、本人の気持ちとは無関係に突然死んでしまう。なんとなく気持ちの変化を理解できる気はするけれど、人間の心も人生も "不条理" なところがあると示してるように感じた。
それに対して、キキは命よりも自分にしか出来ない生き方として4回宙返りを成功させることを重視し、死よりも失敗を恐れた。父親はむしろ死にたがっていたけれど、いざ死を意識した時には死を恐れている。安直だけど、キキが死を恐れない分、父親が死を恐れるエピソードを組み込むことでバランスをとったように考える。
3作品の根幹はそのままにオリジナルを加えて作り上げた野上絹代さんに脚本の北川陽子さんの別役作品の解像度と構成力に感服。

公式ホームページのメディア情報には載っていなかったが、上記のYouTubeで松岡さんが本作について語っていたためメモとして残す。

印象に残ったこと

ゆうみちゃんの素晴らしさは最後に目一杯語るため、そのほかで印象に残ったことを綴る。
※写真は全て公式HPより引用

本作で出てきた衣装は夢の中のような世界観に合ってるものが多くて、柔らかすぎず強すぎない色を使った衣装が良かった。人殺し3兄弟の衣装も好き。
そのうちの1人、田中美希恵さん。特徴的なお声をされていて大変舞台向きと感じた。コメント動画では気付かなかったけど、舞台で凄く映える声。声を張ってないのに聴き取りやすくて不思議なお声。
また、劇中の玉置孝匡さんが手を挙げて「歌います!」がユーモラスで音楽劇らしく感じた。
3人がメインを張るシーンでは「お客さん何回か来てくれてますよね?」など、おそらくはアドリブだと思われる台詞があったりと客席を舞台に引き込むような取り組みがあり、劇場の空気を盛り上げてくれたように思う。

左から 永島敬三さん 田中美希恵さん 玉置孝匡さん

ロロは衣装よりも髪型が特徴的で良かった。
特に影での演出の時、ゆうみちゃんと松岡広大さん2人ともお顔の輪郭がとても綺麗なんだけど、それに特徴的な髪型があることで更に印象的な影となっていた。Whiteberryの『夏祭り』に少し似た髪型。

ロロが妹ララの手を引いているシーン
写真で見ると派手な衣装だけど
観劇中は全く派手には見えなかった

瀬名じゅんさん演じる語り部+おばあさん+母親は出番の多い役どころだけど、きちんとキキとロロにスポットを当ててくれている感じが凄く良かった。本作は満遍なく皆が活躍するというよりも、主人公が決まっているお話だから目立ちすぎない演技がステージの調和に一役買っていたように思う。

ローブをスカートに、声質をおばあさんから語り部に
変幻自在な役どころが素晴らしかった。

『山猫理髪店』の『愛のサーカス』を描いたシーンの美しさ。出てくる金星サーカスのピピ。劇中で最も夢の中のような世界でいて美しかった。しかし、美しく感じること自体が間違っていると暗に仄めかすようなストーリーとなっているのが凄い。1979年初版の作品だそうだけど、当時はまだ言葉になっていなかったかもしれないけれど別役さんは "感動ポルノ" の問題に気付いていたのだと思う。

顔を隠してナレーションと手を使っての表現
ピピの表情や仕草がなんとも美しかった

キャスト・スタッフ
【原作】 別役実 (童話「空中ブランコのりのキキ」「山猫理髪店」「丘の上の人殺しの家」より)
【構成・演出】 野上絹代
【音楽】 オオルタイチ
【脚本】 北川陽子
【サーカス演出監修】 目黒陽介

【出演】 咲妃みゆ 松岡広大/玉置孝匡 永島敬三 田中美希恵/谷本充弘 馬場亮成 山下麗奈/瀬奈じゅん
 サーカスアーティスト:吉田亜希 サカトモコ 長谷川愛実 吉川健斗 目黒宏次郎

【セノグラフィー】 佐々木文美(舞台美術) 藤谷香子(衣裳) 山本ゆい(舞台美術・衣裳)
【照明】 中山奈美
【音響】 池田野歩
【ヘアメイク】 大宝みゆき
【歌唱指導】 市川祐子
【演出助手】 𠮷中詩織 前原麻希
【舞台監督】 鳥養友美

【世田谷パブリックシアター芸術監督】白井晃

宣伝美術
【アートディレクター】 いすたえこ
【写真】 磯部昭子
【レタッチ】 岩沢美鶴
【スタイリスト】 藤谷香子
【ヘアメイク】 山口恵理子
【美術】 佐々木文美
【小道具】 山本ゆい

公式ホームページより引用

主役 "咲妃みゆ" の素晴らしさ

そして本作の主役を演じたゆうみちゃん(咲妃みゆ)がどんなに良かったか。私はゆうみちゃんのファンの1人だ。尊敬の念を込めつつ、ゆうみちゃんと呼ばせていただいている。
彼女を観るために本作のチケットをおさえたといっても過言ではない。御年33歳で私よりも歳上でいらっしゃるんだけど、本当に可愛くて可愛いくて。
キキとピピを演じるゆうみちゃんは本当に本当に素晴らしかった。この前、『カムフロムアウェイ』で新人アナウンサーやフライアテンダントの役をやられていた方だなんて信じられないくらい、完全にサーカスにいる少女キキ/少年ピピになっていた。適切な表現が見つからないのだけど、作品が彼女のものになっていたように感じた。
キキの衣装にいたっては、あれが似合う大人って中々いないと思う。

レースとフワフワなシャギーがたっぷり使われた衣装、
頭の羽根に花柄編みタイツ、短い前髪に輪っかの三つ編み
全部似合う

声色から表情、仕草、全てが大人には持ち得ない純真無垢な幼さが滲み出ていた。その中でもきちんとキキとピピ、それぞれ違う空気感をまとっていたのが、これまた良くて感動。
特にキキが自分以外に3回宙返りに成功した人が出たという噂を聞き、「自分には3回宙返りしか価値が無かったのに」とロロに語る場面。
この言葉を口にした時のキキの表情が言葉では表せきれない。色んな感情が見えてくるような歪んだ笑顔をしていた。あそこに至るまでキキを自分に落とし込めるのが本当に凄い。
ピピはピピで、表情と仕草だけで街の人々が感動していることを観客に納得させるってかなりの演技力を必要とする難しいことだと思うのに、一緒になって感動してしまった。
だけどカーテンコールの時にはゆうみちゃんに戻っていて、投げキッスをされた時には、もうただただ可愛さが爆発していた。
本作のために実際に空中ブランコに挑戦されたのも役者として凄い。ご自身のInstagramに上げていらしたが、ブランコのバーを手に握りしめて始まっているにも関わらず、空中でバーに足をかけるように体勢を変えて手を離し、宙に浮いたタイミングで相手の手を取り、もう一方のブランコに乗り移る。
身体能力の高さも凄いけれど、自由に身動きを取ることが出来ない空中に身を投げることも、相手を信じて手を取ることにも、ゆうみちゃんの心の強さが表されている気がする。

今後、出演される舞台は2作品すでに発表されている。次回はコメディーということで、本当にさまざまな作品に挑戦されていることがファンとして誇らしいし、今後の活躍を期待してしまう。
でも、まずは姫路でおこなわれる8/31の大千穐楽を無事に迎えられるよう、心から願っている。

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