
フィンランドで深めたい「統合」というマインドセット
私が通うフィンランドのアアルト大学は、2010年にヘルシンキ経済大学(1904年創立)、ヘルシンキ工科大学(1849年創立)、ヘルシンキ芸術大学(1871年創立)という、「商・工・芸」の3つの分野が統合してできた、比較的新しい大学です。スタートアップ文化の中心地とも言われるアアルト大学は、まさに「統合」によって現在の形になった大学と言えます。この「統合」という考え方は、私自身が追求したいテーマの1つです。何か選択を迫られる場面で、どちらか一方を選ぶのではなく、両方を取り入れ、その融合から新たな価値やアプローチを見つけ出すこと。それは単なる足し算ではなく、2つのエッセンスを活かしながら、全く新しい視点を生み出すプロセスです。このような統合には、論理的な積み上げだけでなく、クリエイティブなアプローチが不可欠だと感じています。
今回は、なぜ私がこの「統合」という考え方に興味を持っているのか、その理由を少し掘り下げて考えていきたいと思います。
※アアルト大学の概要は以下にまとめています。
1.デザインの持つ力としての「統合」
デザインと統合には深い関係があると私は考えています。デザインが持つ力については、人それぞれ表現の仕方が異なるかもしれませんが、私の経験を踏まえると、デザインには大きく分けて以下の3つの能力(構想・統合・可視化)があるのではないかと思っています。
①構想
対象を深く理解し、ありたい姿を描き出すスキルです。デザインは目的達成の手段であり、主役は常に「対象」で、デザイナーは参謀として信頼されるパートナーであり続ける必要があります。この点ではデジタルと共通していますが、デザインの手段は「人間」であることが大きな違いです。人間は感覚をインプットし、未知のものを描き出す力を持ち、AIのように過去のデータや情報だけでなく、肌で感じ取ることや共感することができます。この力により、人間は現在地とありたい姿を描き出し、その間のギャップ(問題)を発見できます。ありたい姿を描けなければ、取り組むべき課題やモチベーションも生まれません。
②統合
統合とは、異なる要素のエッセンスを引き出し、それらを単なる足し算ではなく、新しいアプローチや価値観に再構築するスキルです。このスキルはデザインにおいて特に汎用性が高く、幅広い領域で応用可能だと考えています。デザイン従事者がこのスキルを持つ理由は、日々の業務で限られた制約の中で問題解決に取り組む訓練を重ねているからではないでしょうか。例えば、チラシ制作では、クライアントの要望をすべて反映するのが物理的に難しい場合もあります。しかし、本質的な要望を汲み取り、新しい形にまとめ上げる作業は「統合」の良い訓練となります。この思考プロセスを経営戦略や社会課題といった曖昧で複雑な問題に応用すると、活躍の場も広がります。
現在、こうした領域に対応できるデザイナーは限られており、その需要は年々高まっている気がします。統合のスキルは業界の枠を超え、さまざまな分野で新しい価値を生み出す鍵になるのではないでしょうか。
③可視化
この能力はいわゆる「見た目」を制作するスキルであり、デザインの中でも最も分かりやすい部分です。ユーザーのタッチポイントとなる重要なフェーズですが、前提となる①と②(一貫性)が欠けると、逆にネガティブな印象を与える可能性があります。このスキルは、美術大学をはじめとする日本のデザイン教育の多くが強くフォーカスしている領域であり、それが課題であると同時に、(構想と統合が加わることで)これからの伸び代でもあると考えています。

「デザイナー」という言葉でイメージされるのは、主に「見た目」を制作するスキル(③可視化)だと思います。しかし、これはデザイナーに求められるスキル全体の20%程度(あくまでも私見)に過ぎないと考えています。Adobeのソフトが使えるからといってデザインができるわけではないのは、エクセルが使えるからといって分析ができるわけではないのと同じです。そのため、デザインの能力の残り約80%は、「構想」と「統合」のスキルにあると思っています。これらはデザイナーが最も得意とする分野であり、その応用範囲は非常に広いです。そのため、デザインをプロダクトやグラフィックといった目にみえる「モノ」に限定するのは、非常にもったいないと感じています。
2.上場企業が発刊する「統合」報告書
統合報告書とは、企業が財務情報と非財務情報(環境・社会・ガバナンス:ESG)を一体化して報告する冊子で、企業の全体像や長期的な価値創造の仕組みを包括的に伝えることを目的としています。これは欧州発のグローバルスタンダードなレポートで、現在では日本の上場企業の1,000社以上が発刊しており、年々増加傾向にあります。統合報告書アワードの参加企業もここ数年で急増しており、日本での注目度の高さが伺えます。
前職では5年間にわたって経営企画部で統合報告書の編集長を務めました。デザイン実務者がなぜ?と思われるかも知れませんが、個人的にはデザイナーこそ統合報告書の編集に適していると考えています。統合報告書には「統合」というスキルが不可欠で、特に「価値創造プロセス」の項目は、企業全体を統合的に見る視点が求められます。
ただし、統合報告書の目的は単なる収支や活動の報告ではなく、企業に統合思考をインストールすることです。これを通じて自社を理解し、社外に発信するプロセスを支える役割として、「統合」の力を持つデザイナーがますます重要になっていると感じています。


3.経済的価値と社会的価値の「統合」
上場企業の経営企画部の方なら誰もが一度は考える(なければならない)命題の一つが、自社の経済的価値(利便性・利益)と社会的価値(文化・環境)をどのように統合するか、ではないでしょうか。一昔前のことですが、ある機関投資家とのミーティングで聞いた話が今でも印象に残っています。当時、環境への取り組みが求められ始めていた時代に、ある大手小売業が「従業員が植林を行っている」とCSRレポートに記載していました。一見すると社会的に価値のある取り組みですが、投資家からは「本業に集中すべきだ」と批判されたそうです。これは、投資家が企業を短期的な業績や数値で評価する傾向があるためで、彼らにとって、本業以外に資金を使うことは「資本の拡大に貢献していない」と見なされます。機関投資家が求めるのは、社会活動と事業を別々に行うことではなく、事業を通じて社会的価値を生み出すことです。このジレンマを解決するには、経済的価値と社会的価値を統合するアプローチが必要です。
この話を聞いたとき、「これからの企業経営にはデザイナーの存在が不可欠だ」とピンと来たのを覚えています(2018年頃?)。事業と社会的価値を統合するには、デザイナーの視点やスキルが役立つためです。この頃から「ビジネスを通じた社会善(Social Good)」に強い関心を抱くようになりました。
あれから5年後、さらにこの考えを深めるため、ソーシャルデザインで先進的なフィンランドのアアルト大学の修士課程に進学。そのタイミングでMeaningful株式会社にCDOとして参画しました。企業が追求する経済的価値と社会的価値を両立する共通点(Meaningfulな価値)を見つけ出し、社会に実装する。これからも「統合」のアプローチを活用しながら、ビジネスを通じた社会善を形にしていきたいと思っています。
※Meaningfulへの参画への想いは以下に詳細をまとめました。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
これまでの経験や関心領域を振り返る中で、「統合」という考えが自分にとって共通のテーマであることを改めて実感しました。現在学んでいるフィンランドのアアルト大学の環境も、さまざまな統合が織り込まれた非常に有意義な環境です。2025年も、この「統合」というマインドセットを大切にしながら、思考をさらに深め、さまざまな挑戦に取り組んでいきたいと思います!
(カバー写真)大学構内の壁に描かれたアルヴァ・アアルトの肖像画
建築と人間、自然と人工物、社会性と公共性など、さまざまな異なる物事の統合に挑んだ、私が考える「統合」のシンボル。アルヴァ・アアルトへの多大なる敬意を込めて。