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なぜこのチョコは不均等に割れている?

アアルト大学の特徴の一つは、ビジネス・テクノロジー・デザインの学生が混ざって授業を受けることです。私はデザイン専攻(Collaborative and Industrial Design)ですが、今期はビジネスの授業を中心にとっています。特に面白いと思っているのが 「Social Innovation」 という授業。毎週の課題では、チームでテーマに沿った企業を調査しレポートを提出します。今回の記事はその中でフォーカスしたある企業について書いていきたいと思います。

オランダのチョコレート会社「Tony’s Chocolonely(トニーズ・チョコロンリー)」です。


1. 奴隷労働を終わらせるために存在する

創業者であるオランダ人のトニー(英名)はビジネスの人でもNPOの人でもなく、ジャーナリストでした。2005年に自身が担当するテレビ取材でアフリカを取材した際に、カカオ農家の人の多くが奴隷のような労働や児童を働かせている現状を目の当たりにし、ショックを受けたことから、この現実をなんとかしようと創業したそうです。創業のきっかけからビジネスモデル、今後のビジョンまでトニー本人が語っている動画がわかりやすいので、是非見てみてください。

このブランドの強さは「100%奴隷労働のないチョコレートを作る(100% Slave Free)」というビジョンがビジネスモデルからブランディング、パッケージまで一気通貫でつながっていることです。一般的なチョコバーは均等に割れていますが、このチョコロンリーは 不均等な形 をしています(画像1)。これは、カカオ農家の労働環境やサプライチェーンの不平等を視覚的に伝えるためにあえてそうしているとのこと。実際、世界のカカオ生産量の60%以上を占めるガーナやコートジボワールでは、今でも奴隷のような強制労働や児童労働が存在し、約156万人の子どもたちが違法な労働に従事しているそうです。不均等に割れたチョコの一部は、西アフリカの地図の一部を形取っており、こうした社会問題をダイレクトに伝えるための仕掛けにもなっています。さらに、パッケージにも面白い工夫があります。実際に購入してみると、内側には 「WHY IS OUR BAR UNEQUALLY DIVIDED?」(なぜこのチョコは不均等なのか?)と記載されており、その下にストーリーが続いています(画像2)。チョコレートを食べながら、その背景にあるビジョンや現実に思いを巡らせる、この 一貫したブランディングが、消費者に強い印象を与え、メッセージを深く届ける力 になっていると感じました。

画像1. トニーズ・チョコロンリーのチョコバー(公式サイトの画像をもとに筆者加工)
画像2. これを読みながら食べるチョコはどこか複雑な味がした…

チョコロンリー はフェアトレード認証を取得しているだけでなく、社会的責任を果たす企業に与えられる Bコープ認証も取得しています。しかし、創業者のトニーは「フェアトレード認証だけでは十分ではない」と考え、フェアトレード価格に 30〜40%上乗せした価格でカカオを買い取ることや、フェアトレードなどの認証がある豆もそうでない豆も混ざってしまうことがあることからカカオ豆を追跡可能にできるようにするなど、とにかく「カカオ農家の奴隷労働をなくす」という一点の目的のためにシステムをデザインしている意志を感じますさらにブランディングでは、環境面へのアピールはそこまでしない、と言う徹底ぶり。きっとビジョンを伝えるためのノイズになると考えたのでしょう。これはビジョンに引力がないとできないことです。

オーガニック農業は大切だけど、知識も必要ですぐに収入の向上につながるわけではなく、奴隷労働へのインパクトはあまり大きくないから、そこを押してはいない。僕たちの会社はカーボンニュートラルだが(中略)、それを伝えすぎはしない。「奴隷労働」「児童労働」という社会面に焦点を当てたいからなんだ。」

IDEA FOR GOOD 取材記事より抜粋

トニーは奴隷労働をなくすには、チョコレート業界全体のシステムを変える必要があると考え、チョコロンリーは現在西アフリカの 0.5% の市場シェアを 10年以内に5% まで拡大することを目標に掲げています。すでにオランダでは約 20% のマーケットシェアがあるものの、今後はヨーロッパやアメリカだけでなく、アジア市場(日本には 2020 年進出済)にも拡大し、巨大なチョコレート業界の構造変革を目指しているとのこと。「私たちは奴隷をなくすために存在する」ーこの強烈な存在意義へのコミットメントが経済的価値と社会的価値の両立、つまりビジネスを通じた社会善(Social good)を実現する原動力になっているのだと、改めて感じました。


「一見相反するように見えるこの二つを両立するには、自分たちの目指すパーパスを信じ続けることがポイントだね。それも、チームメンバー全員がね。」

IDEA FOR GOOD 取材記事より抜粋

2. デザインアクティビズムの模範

今回、この企業をソーシャルイノベーションの事例としてチームではピックアップしましたが、一方で個人的にはトニーズ・チョコロンリーは「デザインアクティビズム」の模範のような企業だぁとも感じていました。デザインアクティビズムとは、デザインを通じて社会課題を可視化し、議論を生み、行動を促す ことを指します。単なる「見た目を整える」ものではなく、社会を動かす力を持つ という考えがコアにあり、商業デザインとは異なり、倫理的視点を持ちシステム変革を目指す 点が特徴です。

今回の場合、大きく分けて以下の3つがデザインアクティビズムと強く関係しているのではないかと思いました。

  1. 社会問題の可視化
    チョコレート業界における児童労働や奴隷労働の問題は広く知られ、すでに取り組む企業もある中で、トニーズ・チョコロンリーの特徴は「100%奴隷労働のないチョコレートを作る」という明確なビジョンを掲げていること。このビジョンに引き寄せられるように取り組んでいるシステム変革(サプライチェーンの透明化や現地の労働環境の改善など)があらゆる価値判断の基準となっており、消費者の共感を呼んでいる部分だと思います。

  2. 視覚的な伝わりやすさ
    言うまでないですが、最もユニークなのは、チョコレート産業の不公平な構造を不均等に割れるチョコバーで表現したこと。これは強烈に記憶に残ります。また不均等だからこその割りにくさや、友人とシェアするときに話題にしやすいなど、食べるまでのコミュニケーションが設計されているのがとても秀逸です。

  3. 消費者を巻き込みやすいプロダクト
    最大の強みは「チョコレート」という誰もが知っていて、手に取りやすいプロダクトであることでしょうか。毎日食べているものではないかもしれませんが、スーパーなどのお店には必ずある日常感のある商品です。共感した消費者がこの運動に参加できる方法は「買うこと」だけ。この消費者の巻き込みやすさが、チョコロンリーのビジネスの価値につながっているのだと思います。

と、途中まで書きながら以前記事で書いた「社会運動とデザイン」と同じようなことを書いているなぁ、、と気づいてしまったので、ここからは深く書かずに参考として対象の記事のリンクを貼っておきます。

一般的な社会運動とチョコロンリーで異なるのは「ビジネス」を通じてそれを実践しているところでしょうか。そこが個人的には学びが多い部分でした。実際、トニーはある取材でブランドのことを以下のように答えています。

「僕たちのミッションは理解しやすく、アクションも取りやすい。人々は、チョコレートバーを選ぶだけで、世界を変えるムーブメントの一部になれるんだ。」

創業者トニーのミッションへの想い

3. スケールさせるかどうかの選択

Social Innovationでの授業では毎回テーマが変わります。この課題に取り組むときのテーマは「スケールへの選択」でした。トニーズ・チョコロンリーはスケールさせることを選択しました。しかし、ソーシャルな活動やビジネスを拡大させていくには、財務面とのバランスを考えなければならず、経済的なメリットを取るために、本来の意義のあるミッションを犠牲にする局面も出てきます。またその社会的意義を広めていくためには、啓蒙活動のような薄いものでは生活者の心を動かすことができません。
表面的なアプローチとして紹介されたのがタバコのパッケージでした。

日本のタバコのパッケージは文字だけでもっとマイルドだよなぁ…と思いながら聞いてました。

しかし、社会的意義を広めるために規模を拡大(スケール)することが必ずしも良いとは限りません。多くの社会運動が、たった一人の想いから始まるように、草の根的な「小さな活動」の重要性も授業で取り上げられました。そこで紹介されたのが、E.F.シューマッハの「Small is Beautiful」です。

スモール イズ ビューティフル 人間中心の経済学(E.F.シューマッハ,1986)

実は、大学生の頃に所属していた人間・社会環境システムデザイン研究室の教授から「読め」と勧められ、一度手に取ったことがありました。しかし、当時はほとんど記憶に残らず……。今になって、その重要性を実感できるようになった気がします。シューマッハが伝えたかったのは、「人間の幸福と持続可能な経済発展は、大規模な工業化や大量生産ではなく、小規模で地域に根ざした経済や技術によって実現される」ということ。授業では、彼が何かのイベントで「参加型民主主義(Participatory Democracy)」について語った際の映像も合わせて観ました。その動画の中で、彼の言葉に会場の観客が拍手を送る瞬間があります。シューマッハがそこで語っていたのは、次のような言葉でした。

「自分たちの考えが明確になったら、すでに正しいことをしているパイオニアたちを探し、彼らに加わるんだ。そんなにお金はかからない。数ドルくらいだろう。」

Schumacher on Participatory Democracy

スケールさせるかさせないかのどちらが良いというわけではないですが、なぜスケールさせるのか、あるいはしないのか、その本質をしっかりと捉えることが重要であると学びました。また、その前提として、その活動(ビジネス)を通じてどのような影響(インパクト)を生み出したいのかを明確に理解していなければ、社会的意義のある取り組みであっても表面的な印象になり、十分に伝わらないということを改めて考えさせられました。これはブランディングにも共通する視点です。最後に、授業の締めくくりとしてスライドに示されていた言葉を紹介し、終わりにしたいと思います。

Scale without impact does not mean much, so keep IMPACT as your compass.
(規模が大きくても、影響を生み出せなければ意味がない。「インパクト」を指針にせよ。)

Aalto University 'Social Innovation' 講義スライドより抜粋

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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