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「A!はどこにである」 /アアルト大学15周年 感動の動画

「カッコいい…!!」。
まるで小学生が言うような単純な感想ですが、アアルト大学創立15周年を機に制作された動画「A! Sign of Change | Aalto University」を見た時、率直にそう感じました。圧倒的なシンプルさと心を揺さぶる貫通力を見せつけられた時に感じる無力感。今回は、なぜそう感じたかを自分なりに言語化しながら、記事を書いていきたいと思います。


1.  ロゴのコアバリューを最大限発揮

今ではすっかり見慣れてしまったものの、いまだにアアルト大学のロゴを最初に見た時の衝撃は忘れられません。ヘルシンキ経済大学、ヘルシンキ工科大学、ヘルシンキ芸術大学というフィンランドの歴史ある3つの大学が統合するという大きな出来事において、伝統的な大学のロゴとは異なり、フィンランドの建築家アルヴァ・アアルトの「A」というシンプルな記号を前面に押し出した前衛的なロゴ を採用すると言う、その大胆な決断に、当時とても感動したことを覚えています。なぜそのロゴに強い印象を受けたのかは、以前の記事にまとめているので、興味がある方はぜひご覧ください。

今回のアアルト大学15周年を機に作られた動画はこの「A」の持つ力を最大限に引き出したものでした。一見すると、シンプルすぎて誰にでも作れそうなカタチをしていますが、重要なのはカタチの単純さではなく、そこに大学の哲学やアイデンティティをどう宿らせるか です。
先日、大学で開催された「Aalto Design System Day」というイベントに参加し、アアルト大学のホームページ制作プロセスについて知る機会がありました。サイト制作を担当した「taiste」という会社のデザインリードの方が解説してくれたのですが、その時も紹介していたのがブランドアイデンティティである「A」の話でした。ユーザーインタビューの際、ある学生が 「大学には吸収すべき新しいことが膨大にある」 と語ったことがインサイトとなり、ウェブサイトの設計もロゴと同様に 誰もが情報に簡単にたどり着けるシンプルなデザインを目指した そうです。ここからも、「A」というロゴが持つ強さや哲学の一貫性を感じました。

「A / a」がブランドアイデンティティであることを強調

また、15周年記念の一環として、エスポー現代美術館(EMMA)とコラボしたLahja exhibitionが開催され、アアルト大学の学生が制作したさまざまなインスタレーションが展示されていました。展示の説明によると、この15年間でアアルト大学の学生数は統合当時から40%増加 し、現在では 117か国から学生が集まるフィンランドで最も国際的な大学 になっているそうです。国際性が強調されていましたが、個人的には商・工・芸の学生が日常的に交わりながら課題に取り組むことで、分野横断的な学際性が高まった、ということも、アアルト大学の統合の大きな成果の一つでなのではないかと思います。

統合15周年の成果が書かれている展示

2. 世の中の「A」をジャック

冒頭で紹介した「A! is everywhere( A!はどこにでもある)」という言葉で始まるこの動画はまさにアアルト大学の哲学を象徴するようなものだと感じました。動画では、街中にある「A」の電光表示の隣に「!」を付けるインスタレーションが展開されます。一見すると遊びのようにも見えますが、ここで伝えたいのは 「イノベーションの種は日常にあふれている。それをカタチにするのがアアルトの学生である」 つまり「世の中にある「A」をジャックする!」 という挑戦的なメッセージが込められていると感じます。

この「イノベーションの種は日常にあふれている」という言葉はとても使い古されていて、それだけ聞いても記憶にすら残らないですが、この動画ではその概念を「A」という日常の中で当たり前に目にする記号に置き換えた ことが、個人的に思う感動ポイントです。さらに、そこに「!」を加えることでアアルト大学の哲学が浮かび上がります。まさにシュンペーターの言う「新結合(New Combinations)」を、日常の風景と大学のシンボルを組み合わせることで表現した作品と言えるのではないでしょうか。本当にすごいと思いました。

実際に現場に見に行ったがそこには「!」はなかった…
大学構内では大きな単独の「!」を発見

ちなみにこの動画は、「A! Sign of Change」というアアルト大学が創立15周年を記念して開始した資金調達キャンペーンの一環で制作されたものです。このキャンペーンでは、2年間で1,500人の寄付者から総額3,000万ユーロの寄付を集めることを目指しているとのこと。ウェブサイトでは、寄付者の数がリアルタイムでカウントされる仕組みになっており、進捗が一目で分かるようになっています。アメリカでは大学への寄付が非常に盛んであることはよく知られていますが、フィンランドでは国からの助成金が充実しているため、大学への寄付文化はそれほど根付いていない ようです。日本では国立であれば助成、私学は学費がメインなので寄付文化が定着していない点では共通しています。このキャンペーンは、そんなフィンランドに新しい寄付文化を根付かせる試みなのかもしれません。サイトには以下のようなメッセージが書かれています。

大学に寄付をすると、その投資収益率は金銭的な尺度では測れません。その代わり、高等教育と研究への投資は長期的に成果を生み出し、フィンランドの競争力、技術開発、技能不足の解決、最適に機能する社会、そして若者たちの幸福の向上という形で結実します。

「A! Sign of Change」特設サイトより抜粋

3. 「明日への神話」落書き事件を想起

私はこの動画を見て、ある事件を思い出しました。それは2011年、東京・渋谷駅の通路に展示されている壁画「明日の神話」に、福島第一原発事故を想起させる絵が付け加えられた事件です(現在は撤去済)。アート集団 「Chim↑Pom」 によるもので、これは単なる落書きではなく「原発のあり方を考えるきっかけ」を世の中に投げかけるアート作品でした。人々の経験や感情に訴えかけながら、新たな文脈を統合することで、既存の意味を増幅させる巧妙なアプローチ だったと個人的には思います。明らかに問題のある行為であるにもかかわらず、当時の岡本太郎記念館の館長が肯定的な意見を述べていたことが印象的 でした。

「明らかにアートの文脈で行われた行為です。(中略)日本の置かれた状況や不安感、そういうものをモチーフにして、表現をしたいと思うのは当然。それをぶつける舞台として太郎が選ばれた。未来を考えるときに参照されるアーティストだということでしょう」

岡本太郎記念館 館長の平野暁臣
 「明日への神話」(岡本太郎, 1969)(ブログINSPIより画像を拝借)

今回のアアルト大学の動画では、世の中にあふれるサインや広告の「A」に注目し、それを選び取ることでメッセージを伝えようとする手法が使われました。この「A」という、誰もが日常的に目にする記号をジャックし、そこにアアルト大学の意志を宿らせる。そのクリエイティブなアプローチは先ほどの「Chim↑Pom」による手法と共通のものを感じます。何かを世の中に伝えようとするとき、まったくゼロの状態から相手の心に届けるのは至難の業です。しかし、相手の経験や文脈の中に入り込み、その世界観にある情報を組み立てながらメッセージを再構築していくことは、極めてクリエイティブなプロセスだと感じます。たった40秒ほどで、ナレーションもない短い動画ですが、伝えたいことが十二分に伝わる作品で、非常に勉強になりました!

最後に、アアルト大学、そして自分自身のこれからの挑戦へのエールを込めて、私の好きな岡本太郎の言葉で終わりにしたいと思います。

人間にとって成功とはいったい何だろう。結局のところ、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか。夢がたとえ成就しなかったとしても、精一杯挑戦した、それで爽やかだ。

「自分の中に毒を持て」(岡本太郎, 1993)

最後まで読んでいただきありがとうございました!


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