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席を譲る

つい最近まで杖を突いていた私。
両腕両脚に常に筋肉痛が走り、力が入らず、踏ん張りがきかないために杖を使っていました。
もう、杖を手放すことはないんだろうなと半ばあきらめていました。
健康って言葉から遠ざかって8年。杖生活8年。ヘルプマーク8年。


杖を突いて優先席の前に立つと、必ず席を譲ってもらうことが出来ました。
両腕両脚が痛いし、体中は怠いので譲ってもらうことは当たり前だと思っていました。眠り込んでいる人ばかりが優先席に座っていて、なかなか譲ってもらえないと、電車が揺れた時にわざと杖をその人の脚にぶつけたりして気付かせることも多々ありました。

腕に力が入らないのでリュックを背負い、脚に力が入らないのだから、スーツを着ていても足元はスニーカーでした。
カッコつけシイの私は、ぺったんこのスニーカーを履いていることがとても悲しかったのです。
でも、なぜかバレエシューズを履く気にはなりませんでした。
ハイヒールが履けないのだったら、スニーカーにしようと決めて8年スーツにスニーカーでした。
それでもハイヒールを捨てる気にはなりませんでした。
私の靴箱にはコンバースのスニーカーと未練のハイヒールが同居していました。

仕事でも第一線でバリバリやる時代を過ぎ、社内窓際でPCとにらめっこしている時間が増えて給料泥棒と噂されるこの頃で、あとは平平凡凡に定年を迎えるだけなんだとつまらない日々を送っていたのです。

そんな時に飼っている犬が病気になりました。

どうにかして助けたいという一念でした。
私が助けなければという気持ちだけでした。
体調不良で私が寝込んでいる場合ではなくなったのです。
毎日2回の点滴、投薬、通院、食事、おむつ替え。
どんどんと痩せていく犬を抱いている時には両腕の痛みなんて忘れていました。
犬を抱いている私の両脚はしっかりと踏ん張っていました。
もう、杖は要りません。
弱弱しく杖を突いて歩いている私はそこにはいませんでした。

覚悟してください。
3か月の間、頑張ってくれた犬は、覚悟してくださいと言われ、日付が変わった夜中に私を見つめながら逝きました。


私に杖は不要になりました。
スーツにハイヒールで颯爽と闊歩する私に戻りました。

優先席には座りません。
ヘルプマークも付けていません。

責任ある仕事を任されました。

そして、昨日、私の前に立った杖を突いたご婦人に、
「よろしければどうぞ。」と席を譲りました。
清々しい気持ちでした。


ありがとうエルちゃん。


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