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ボウイ兄弟の曲を、どうして龍一は違うアレンジで弾いたのか?

しつこく映画「戦場のメリークリスマス」の音楽の話をします。メインテーマは超有名でありながら、ほかの曲についてはほぼ無名という、極端なサウンドトラックです。今ひとつひとつ分析していて、一貫したものを可視化しつつあります。しかしひとつ思わぬ難曲がありました。分析が難しいのです。どうして難しいかというと、分析にあたって私が準拠しているのはアルバム「コーダ」収録のピアノ演奏版とその楽譜で、映画で実際に使われたものと少々違うところがあるのです。それがこの曲。ちなみに実際に映画で使われたテイクです。


ピアノ演奏版を聴いてみましょう。


「たいして違わないじゃん」とおっしゃる方は耳の穴に拳銃を突き付けて引き金を弾いて反省してください。ピアノ演奏版の楽譜を見ると…

二段式です。右手と左手で弾くのだから二段式になるにきまっている…などとおっしゃる方が農薬をコップ一杯そそいで一気飲みして反省してください。映画で使われたほうのテイクを本当にピアノで再現するためには、本当はもう一段要るのです。連弾なり多重録音なりでないと弾けなくなるので上のように二段にアレンジしたのはわかるのですが、おかげで分析に少々てこずってしまいました。


以下の楽譜では ♯ は四つですが、作曲者はというと五つ書き込んでいます。この楽譜はとある方が私のために提供してくださったもので、前に私が「♯ は五つではなく四つと解釈したほうがこの曲の構造がよくわかる」とコメントしたら、それを受けて以下のように四つのものを用意してくださいました。

今でもこの解釈でいいと考えています。ただいくつか気になる点にその後気が付きました。下で青で括った「ファ」の音です。

この「ファ」は鳴らさなくてもこの曲は成り立つのです。一方で「ミ」は欠かせません。短二度で接するこの二音を同時に鳴らすことで、劇中で描かれる幼い兄弟(兄のほうは大きくなるとデヴィッド・ボウイ演ずる英国陸軍将校になるの)の葛藤を描いている…なんて説明でむろん十分いけるのですが、おそらくもうひとつ音楽理論的な理由があります。


以下は上で最初にお見せした部分ですが、後半に青でマークを入れました。ここ、実質的には ♯ が五つですね。しかし楽譜上は四つのままで成り立っています。

この青で括ったところからが、この曲の主旋律です!

龍一楽曲を貫く技のひとつに「旋律とそれ以外の音が、それぞれ違う調を奏でている」というのがあります。私が名付けたところの「R.S.の第一法則」です。それが上のパートでようやく発動しているのです。


このことに気づけば、先ほどお見せした、ここについて…

「ファ」がどうしていちいち「ミ」といっしょに鳴るのかを、うまく説明できるのです。これは R.S.の第一法則 から導出される音であると。

この法則はこう読みかえることもできます。「一つの調ではないぞ二つだぞと必ずどこかでヒントを出してくる」と。この曲においては「ファ」がそのヒント役です。

もっとオーソドックスに「シ」と「ファ」で増四度音程を形作って兄弟の不協和を描いていると解してもいいわけですが、この説明では足りないのです。


この「Last Regrets」と名付けられた曲は、もうひとつ面白い仕掛けがみられます。一つのトライアド和音が、二つのトライアド和音に進み、また戻ってくるというものです。これ何かに似てるなーと思ったら、龍一演ずる日本人将校がボウイ演ずる少佐に寄せる恋心のテーマがやはり同種の和声進行でできています。一つのトライアド和音が、二つのトライアド和音に進み、また戻ってくる…


本格的な分析にかかるための予備的なエッセイとして、今回はここまで。つづく!


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