彼は「戦メリ」をどうやって作曲したのか?(その6)
その5からの続きです。
前回説明し忘れたことがあります。私の楽曲分析は、すべての音符にドレミを書き込んでいくという、これ以上はないくらい素朴なやり方です。たとえば「戦メリ」のあの旋律は、楽譜どおりにドレミ化すると「E♭、F、E♭、B♭、E♭」なのですが、これですと何が何だかわからないので「レ、ミ、レ、ラ、レ」と記すのです。
このやり方を採ると、もし「戦メリ」を原曲どおりD♭長調で弾こうが、C長調で弾こうが、ほかのどの調で弾こうが、主旋律は「レ、ミ、レ、ラ、レ」の表記で通せます。
さらに原曲では、ここにG♭の音が重なるのですが、私のドレミでは「ファ」と記します。そうすると、前回紹介した「ファ」+「ラ・レ・ミ」の響きを、こんな風に視覚化できます。
イメージとしては、アナログシンセのつまみをひねって、全体のピッチを半音上げて、弾くときは白鍵を基本としつつ、奏でられる音は原曲と同じになるよう設定していると、そんな風です。
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ここより本題です。「戦メリ」を、そしてあの映画のサウンドトラック全体を貫く響き「ファ」+「ラ・レ・ミ」について。
改めてこの絵を見ていただきましょう。
この音が選ばれているのは、作曲者そのひとや、何人かの楽曲分析者にいわせると「『ファ』はサブドミナントで『ラ・レ・ミ』はペンタトニックの音」ということになるそうです。サブドミ和音で曲を始めるのは龍一の好みの響きですしね。
しかし私はというと、もっと深いところに違う理由があるのではないかと考えます。
上の鍵盤の音、こんな風に並べ替えてみましょうか。
「レ・ファ・ラ」和音に「ミ」が挿まったものであると、解釈しなおせるわけです。こちらのほうがくだんの和音を正しく解釈できているのではないかな。
龍一はマイナー三和音に9thの音を挿んだ響きを好んで使います。「レ・ファ・ラ」に「ミ」を挿むのもこれですね。この和音を並べなおしたのが、くだんの和音「ファ」+「ラ・レ・ミ」と見るべきです。
この技を使うと、私がRSの第一法則と呼ぶところの「旋律の調が曲全体の調と5度違う」を実行しやすくなるのです。
いいですかいいですか、以下に「ラ・レ・ミ」の音がありますね。
これ、違う風に読みかえできます。以下のように。
わかるかな? 下のようにドレミの並びをずらしたわけです。
この場合は「レ・ソ・ラ」ですが、これでもペンタトニック「ラ・ド・レ・ミ・ソ」の構成音であり続けるわけです。
もとのものを見直してみましょう。
この解釈の場合でも「ラ・ド・レ・ミ・ソ」の構成音です。
つまり、どちらのドレミ解釈をとっても、ペンタトニック「ラ・ド・レ・ミ・ソ」の集合内に留まれる、そういう音が選ばれているのです。
こうすると、RSの第一法則「旋律の調が曲全体の調と5度違う」に沿いつつも、そうだとわからないようにできるのです。
話をまとめてみましょう。①龍一はマイナー三和音に9th の音を挿む響きがお好み、②サブドミ和音で曲が始まるのがお好み、③旋律が曲全体の調と5度差で不一致でありながらそうだとわからせないのがお好み、以上の三つのお好みがあって、それを三つ同時に満たしているのが、この「ファ」+「ラ・レ・ミ」の響きというわけです。
もうひとつあります。④「東洋と西洋の衝突」というテーマの映画のメインテーマなのだからペンタトニック(いわゆる東洋音階)旋律を西洋和声にぶつける作りにしたい! という演出的なものです。
「ファ」はペンタトニック「ラ・ド・レ・ミ・ソ」には含まれない音です。西洋文明の象徴…とまではいわないけれど、東洋のカテゴリーからはみだした音ではあります。むろんここでいう東洋と西洋はあくまで観念的なものです。
以上の①~④の課題をすべて呑みこんでみせる音の組み合わせとなると、「ファ」+「ラ・レ・ミ」しかないだろうと、そんなところです。
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